3 夢で見た場所
「気持ちいいねー」
沙耶ちゃんは大きく伸びをした。沙耶ちゃんも同様の感想を抱いたのかもしれない。日常から少し離れてしまうだけで、こんなに世界は違う。不思議だった。
耳を澄ます。遠くで鳥の鳴き声が響いていた。やがて、さらさらとかすかに水のせせらぎのような音が耳に届いた。
「あ、水の音」
「どこかに沢へとおりる小道があるはずだ。探してみよう」
美周はそう言って、辺りに目を走らせた。僕もそれに倣うように周囲を見渡す。しばらくそうして歩いていくと、下方へとおりていく細い階段状になっている小道を見つけた。
「おりて行ってみよう」
美周が先頭になり、沙耶ちゃんと相田、最後に僕が続いた。おりて行くごとに、水のせせらぎが大きくなっていった。そんな木々の生い茂る階段を道なりに進むと、急に目の前が開けて明るくなった。耳を打つ水の音は、すぐそこから聞こえてきていた。
下までおりると、目の前には沢の水が音を立てて流れていた。水は清らかで、底まで透き通って見えた。とても冷たそうだ。沢には沿うように遊歩道が設けられていて、奥の上流のほうまで続いているようだった。
「あ」
沙耶ちゃんが声を漏らした。そちらを見ると、彼女の顔に驚きの表情が浮かんでいた。
「沙耶ちゃん?」
「……ここだ。間違いない」
沙耶ちゃんは両手を口元に当てて、じっと目の前を流れる沢を見つめていた。
「夢で見た場所……」
その言葉に、どくんと心臓が跳ねあがった。
それは、どんな気持ちなのだろう。夢で見た場所が目の前に現実としてある。はっきりとしなかったものが形となって現れる。驚き。混乱。
そして、やはり夢の出来事は現実となって起こる事象であると認識する。
僕は、沙耶ちゃんに寄り添うように隣に立った。
きっと沙耶ちゃんの心中は今、不安でいっぱいになっているだろう。不安と、そして恐怖。なにか悪いことが起きるかもしれないと、不確定だとしても恐ろしかったことが、確定に裏付けられたとしたら。夢の出来事が実際に起こるのだと、確信してしまったとしたら。
「小太郎ちゃん……」
沙耶ちゃんは俯き、隣にいた僕の袖口を小さく握った。かすかにその手は震えている。
「怖い。わたし……怖いよ」
壊れてしまいそうに震える沙耶ちゃんを、抱きしめたい衝動にかられた。けれどそれを押しとどめ、握られた袖口とは反対のほうの手を、そっと沙耶ちゃんの手の上に重ねた。
「大丈夫。僕がついてるから」
「僕もいる」
美周も沙耶ちゃんに近づき、そっと沙耶ちゃんの肩に手を置いた。
「……ありがとう」
沙耶ちゃんは俯いたまま、つぶやくようにそう言った。それからゆっくりと顔をあげた。気丈に微笑んで見せるその健気さが、いとおしかった。
「はいはい。そこまで」
その場の雰囲気を壊すように、鋭い声が飛んできた。そして相田が僕たちの間に割って入り、沙耶ちゃんの前に立ちはだかった。
「むやみに触るでない男ども。さあ、離れた離れた」
言いながら、僕と美周に向けて、手でしっし、などとやっている。
「おお、よしよし。あたしがついているぞ。沙耶」
そしてこれ見よがしに沙耶ちゃんをぎゅっと抱きしめ、頭を撫で始めた。僕はそれを見て、頭を抱えた。
なんということだ。
――実は一番の難敵はこいつかもしれない。
相田は僕と目が合うと、にやりと笑っていた。




