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僕たちは星空の夢をみる  作者: 美汐
Chapter.1 秋庭学園
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1 日常の風景

 教室に春の日差しが差し込んで、ひだまりの暖かさに思わず僕は顔をほころばせた。

 入学して十日あまりが経とうとしている。最初はいろんなことに戸惑ったけれど、ようやく少しだけだけれど、この学園生活にも慣れてきたところだ。


 このクラスの生徒数は六人。しかも今日はこの時間、みな他の用事があるのか今教室には僕一人しかいなかった。朝の慌ただしい時間に、ぼんやりとひなたぼっこをできていたのも、それが理由である。

 普通の高校なら、クラスの生徒数が六人というのは、おそらくかなり少ない人数だろう。しかし、この学園にとってこの人数は、例年と比べれば多いほうなのだそうだ。学園には他にもクラスがあるが、他のクラスはここまで少ないということはない。一般の学校とそれほど変わりはないだろう。なぜこのクラスだけがこんなに人数が少ないのかというと、それはこのクラスの特殊性にある。このクラスの偏差値が、異常に高いというわけではない。かといって、もちろんその反対というわけでもない。


 しかし、ある意味では、このクラスに入ることは超難関校に入るより難しい。というのも、このクラスは誰もが志望して入れるわけではないからだ。

 教室の戸が開き、また一人生徒が入ってきた。


「おいーっす」


 本当にずかずかという音を立てて、その生徒は目の前の席まで歩いてきた。有名デザイナーがデザインしたという制服を、見事に着崩しているところは、ある意味さすがだ。


「なんだ今日は。やけに静かじゃん」


 そういう自分がその静けさをぶち壊しているということには、思いもよらないのだろう。その生徒はがたがたと自分の席に行儀悪く座って、こちらに体を向けてきた。相変わらずがさつな男だ。


「そういうお前が来たおかげで、その静けさが去っていってしまったじゃないか」


「賑やかになったってことだろ。そんなことより小太郎(こたろう)ちゃん。今日の英語の小テストのことなんだけどさー」


 桐生幸彦(きりゅうゆきひこ)は、満面の笑みを浮かべてそう話しかけてきた。


「げっ。また教えろとかいうつもりかよ」


「またってなんだよ。ほら、俺授業中ノートとらない主義じゃん。だからなーんにもわからないっつーかさ」


「主義じゃんって、なんの自慢なんだそれは」


「だからさー。小太郎ちゃんを頼りにしてんのよ。俺は」


「頼りって、そういうのは美周(びしゅう)のが得意だろ。たまにはあっちに頼めよ」


 幸彦は、長い前髪を手でもてあそびながら言った。


「あいつが協力するわけないだろー。ってか、いないじゃん。休み?」


「ああ、さっき先生に呼ばれてた。職員室だろ」


 桐生幸彦と美周正宗(びしゅうまさむね)は、従兄弟同士である。しかし、中身は似ても似つかないというくらい違っている。幸彦は見ためは茶髪の不良。中身ももちろん外見通り。勉強よりも、遊ぶことを第一とする。良くも悪くも今時の若者といったところだ。まあ、彼のために長所をあげるとするなら、無邪気で憎めないということくらいか。

 一方の美周はというと、品行方正。頭脳明晰。とにかく頭はものすごくいい。ただし、こちらも性格に多少の難あり。特に僕にとっては、ある意味で天敵なのである。


「はあ。まあ、いいや」


「いよっ。さっすが小太郎ちゃん」


「たーだーし。無償というわけにはいかない。メシ、おごれ」


「げ。まじ?」


 途端に、幸彦は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。


「なにがげ、だ。当たり前だろ。そう毎回毎回ただで教えられるか。僕の努力はお前のためにあるんじゃない」


「じゃあ誰のためにあるんだよ」


「そりゃ決まってる。さ……」


 言いかけて言葉を飲み込んだ。


「さ?」


 幸彦はにやにやと僕の様子を眺めている。危ない。危うく術中に嵌るところだった。


「早く続きは?」


 幸彦はしゃあしゃあとそう言った。どう考えても、僕の反応を見て楽しんでいるとしか思えない。僕はぎろりと幸彦を睨んだ。

 そのとき、教室の戸が開いた。ストレートの長い髪が揺れている。入ってきたのは沙耶ちゃんだ。僕は思わず、椅子から立ちあがってしまった。


「はっはっはー。いやぁ素直でホントいいね。そういうとこたまらんよ」


「うるさい!」


 そんなやりとりをしているうちに、沙耶ちゃんは僕の隣の自分の席についた。紺色のブレザーに赤いリボン、チェックのプリーツスカートという組み合わせの制服は、彼女が着ると本当に可愛らしい。


「おはよう。小太郎ちゃん。桐生くん」


「お、おはよう。沙耶ちゃん」


 僕は懸命に平静を装いながら、挨拶に応えた。しかし、高鳴る胸はなかなか落ち着かなかった。


「おはよう。沙耶ちゃん。今日も可愛いね」


「ありがと」


 幸彦の挨拶は相変わらずチャラい。しかしそれより僕が気になったのは、沙耶ちゃんの様子のほうだった。


「沙耶ちゃん。気のせいかもしれないけど……、なにかあった?」


 先程、一瞬だけど表情に暗い影が見えた気がした。普段の沙耶ちゃんの様子と、なんとなく違って見えたのだ。

 沙耶ちゃんは、困ったように微笑んだ。


「小太郎ちゃんずるいな。なんでもわかっちゃうんだから」


 いつだったか、以前にもこんなふうに笑う沙耶ちゃんを見たことがあった。ずっと忘れていたが、そういうときは決まってあの夢を見たときだったはずだ。

 僕は急に不安を覚え、いてもたってもいられない気持ちになった。


「沙耶ちゃん。もしかしてまた例の?」


「あ、うん。たいしたことじゃないんだけどね」


 そう言いながらも、沙耶ちゃんの表情はどこか沈んで見えた。


「あの……また話聞くくらいならできるから、さ」


「ありがとう。じゃあ、またあとで話すね」


 沙耶ちゃんはそう言って、鞄の中身を片付け始めた。僕もそれ以上なにも言えず、おとなしく席に座った。


「あのさ、水を差すようだけど」


 俯いて考え込んでいた僕の目の前を、無骨な手がひらひらと舞った。


「ノート見させて」


 わざとらしい笑顔を作って、幸彦がそう言った。



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