4 思い出さなくていい過去
家に帰り、物置にしまってあった剣道具を出した。年季ものの剣道具。中学時代に使っていたものだから、サイズも変わってきているだろう。新しいものは学園に申請すれば、購入することができる。古い剣道具を出す必要はなかったが、ただもう一度確かめたくなったのだ。
物置のある庭からすぐにある和室で、道具袋から取り出しそれらを並べる。面。胴。小手。垂。色褪せ、使い込んだ痕が残っている。それはやってきた稽古の印。僕の歴史そのものだった。
「あら、どうしたの? 剣道の防具なんか出してきて」
母さんが何事かと近づいてきた。随分しまい込んでいたから、母さんも、もう僕は剣道をやらないものだと思っていたのかもしれない。
「剣道部に入ることになったから」
「剣道またやるの?」
「……うん」
そう頷くと、母さんは嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔を見て、胸がずきりとした。
思えば剣道を始めたのは、小学一年生のときだった。近くの剣道場に連れて行かれ、半ば強制的に入れられた。父さんが昔やっていたということで、僕にもやらせたい気持ちがあったのだろう。
始めた頃は、正直剣道が嫌で嫌で仕方なかった。遊びたい盛りだ。自由な時間を剣道に潰されてしまったみたいに思っていた。それに、どうせやるなら他の子たちのように、野球やサッカーがやりたかった。どうして自分は今時はやらない剣道なんかをやらなければならないのかと、不満に思っていた。
そんな僕に、道場の師範は言った。
「剣道なんてつまらない。稽古もつらいし、華やかさもない。そんなふうに思っているだろう。それはまだお前が未熟だからだ。まず、雑念を落とし、目の前の剣道だけに打ち込んでみろ。努力した先に、きっと楽しみはある。ちゃんとやらないでつまらないと決めつけるのは、逃げることと同じことだ。お前が努力するのなら、俺も本気で指導してやる。とにかく逃げることだけはするな」
その言葉を信じ、剣道というものに真剣に向き合うようになった。すると、今までなんとも思っていなかった剣道が、すごくかっこいいものに思えてきた。
師範の立ち居振る舞い。竹刀を構えたときの迫力。腹の底から発せられる声。すべてがかっこよかった。子供ながらに、この人のようになりたいとあこがれを抱いた。
剣道は、知れば知るほど奥が深かった。僕が剣道に夢中になるのに、そう時間はかからなかった。家でも竹刀を常に持ち歩き、ときには寝食も忘れて稽古に励んだ。
父さんや母さんも、僕が剣道に打ち込むのを嬉しく思っていたようだった。父さんも時間のあるときには、僕の指導をしてくれた。試合の日には、二人で応援に来てくれた。
中学に入り、当然のように僕は剣道部に入部した。幸運なことに、僕の行っていた美山中学校は剣道の強豪校で知られていた。部員数も思っていたより多く、部活動としてはなかなか充実したものだった。
一年生の多くは初心者ばかりだったので、小学校から続けていた僕はそのなかではずば抜けていた。顧問の先生にも実力を認められ、二年生や三年生と、本番さながらの試合をさせられることもあった。
そんなこともあって、上級生にはかなりの嫌がらせを受けた。一年全員でやるはずの掃除を一人でやらされ、一人だけ走らされるということもしょっちゅうだった。
だが、そんなことは少しも苦には思わなかった。掃除や走り込みは足腰を鍛える訓練になる。まるでへこたれない僕に、上級生たちもそのうちなにも言わなくなった。そして、やがては僕の実力を認めるようになった。
夏休みが明けると、大勢いた先輩たちが引退し、男子の先輩は二年生四人だけになった。先輩たちは、僕にとても良くしてくれた。なかなか身長が伸びない僕に、背の高い相手と戦う秘訣を教えてくれたのも、その先輩たちだった。そのころは、毎日部活動に行くのが楽しくてたまらなくなっていた。
その先輩たちも、次の年には夏の試合が引退試合となった。地区予選では団体で優勝を飾り、次に進んだ県大会でも決勝まで進んだ。個人の部でも、二人の先輩と僕が県大会に進出し、それぞれ記録を残した。
三年生が引退して、次期主将として抜擢されたのが、僕だった。誇らしさと、その責任の重さに身が引き締まる思いがした。
僕が中心となって、部をまとめる。それは口で言うほど簡単ではなかった。メニューを考えるのは先生だったが、それを僕が中心となってやっていかなければならない。その上、下級生への指導も行わなければならなかった。それだけでもなかなか大変だが、剣道部を正しくまとめあげるということが、本当に大変だった。剣道部の中には、真面目に活動する部員もいれば、無駄口が多く、やる気のない部員もいた。部に緊張感を持たせようと、少し厳しくすると根をあげて来なくなる部員も出てきた。
自分のことだけ考えて剣道に磨きをかけていた頃は楽だった。ただひたすら己と戦っていればそれでよかった。しかし、主将になってみて初めて、人の上に立つということの難しさを痛感した。一人ひとり違う人間をひとつにまとめる。本当に大変なことだった。
三年生になり、また新たに多くの新入部員がやってきた。しかし、今度は二年生が一年生に指導できる立場となった。少しは肩の荷がおりたが、まだまだ気が抜けることはなかった。
副主将の松井和哉は、僕と同様に小学生の頃から剣道を始めた人物だった。通っていた道場も同じで、部内では良きライバルとして切磋琢磨してきた。実力もあり、大会でもなかなかの記録を残していた。
――あの時期、僕たちは引退試合となる、夏の大会を控えていた。
思考がそこまでめぐってくると、僕はその後の記憶に蓋をするように考えることをやめた。
思い出す必要のないことだ。
それから夕飯を食べた。今日はチャーハンだ。やはり部活をしてきたせいか、とてもお腹が空いていた。僕の向かいで、母さんが僕の食事風景を笑って見ていた。
父さんは単身赴任で東京に行っている。この家には時々帰ってくるだけだ。
これから部活が始まると、また忙しくなる。
今の僕にとって、それはいいことなのかもしれないと、そう思った。




