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僕たちは星空の夢をみる  作者: 美汐
Chapter.3 部活動
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2 忘れていた情熱

「お願いします!」


 三年の主将の先輩がそう挨拶し、他の部員たちも続いて挨拶して礼をした。僕もそれに倣う。


「お願いします」


 顧問の新田にった先生も丁寧に礼をした。


「はい。じゃあ始めましょうか」


 先生は、穏やかにそう言った。見た目の雰囲気はどちらかというと頼りなさそうで、熟練の師範といったイメージではなかった。


「今日は体験入部の一年生が来ているので、メニューもそれに合わせたものにしましょう。ええと、きみは経験者? 名前は?」


「あ、はい。小中とやってました。篠宮小太郎です」


 話しかけられ、そう返事をした。


「きみは?」


葉月はづき沙耶。初心者です」


 反対の端にいた沙耶ちゃんがそう言った。


「なるほど。じゃあ、葉月さんはまず基本からだね。女子二人お願いできるかな」


「はい」


 女子の先輩二人が、声を揃えて返事をした。


「篠宮くんは実力も見たいし、基本練習が終わったら、今日は試合形式でやろうか」


 どきりと心臓が脈打った。いきなり試合形式。練習とはいえ、真剣勝負。

 不安が僕の脳裏をかすめた。

 基本練習は、ほとんど中学時代と変わらなかった。素振り、切り返し。打ち込み稽古。竹刀を振る感覚が、昔の記憶を呼び覚ましていくようだった。


「ィヤァーッッ」


「ハァーッッ」


 広い道場にそんなかけ声が響き渡る。それからダダンという足音と、竹刀の打ち合う音。久しく聞いていなかったその響きが、懐かしかった。

 基本練習が終わると、現役部員に僕を交えた八人が、それぞれ相手を作って試合をすることになった。

 一番手は僕と大野先輩。僕のたすきは白で先輩が赤。

 試合の前に一旦小休止が入った。小手と面を取り、手ぬぐいで汗を拭く。久しぶりのせいか少し息があがっていた。鼓動が耳元で響いている。


 緊張していた。

 再び手ぬぐいを頭に巻き、面と小手を着ける。左手に竹刀を持って立ちあがる。試合場に入り、相手の前に立つ。相手を見たまま立礼。開始線まで進み、竹刀を抜く。蹲踞そんきょして、相手の喉元へ竹刀の先を構える。


 僕は急に胸が苦しくなり、息が詰まった。

 頭にガンガン響くのは、もう一人の自分の声。


 剣道なんてやっていていいのか。

 お前は剣道を捨てたんじゃないのか。

 お前が剣道なんてやっていなければ――。


 遠くのほうで、「始め」という声が聞こえたような気がする。それから自分は、なにをどうしていたのか覚えていない。何度か打ち込んでくる竹刀を受けていたような気がする。

 しかし、気づいたときには小手を決められていた。


「小手ありッ」


 先生が赤の旗をあげていた。

 その後も、目の前が曇ったようで、なにも集中できなかった。攻め込まれるのを受けるばかりだった。


 お前に剣道をやる資格なんかない。

 そうだ。僕には剣道をやる資格なんかないんだ。

 そう思ったそのとき。


「小太郎ちゃん!」


 その声が、僕の目を覚まさせた。急に視界が開けた。それからは体が勝手に動いた。足が動く。腕が動く。忘れかけていた感覚。

 目の前に相手の竹刀が迫っていた。その竹刀を打ち落とすと、足が勝手に踏み込んだ。


 打ち込め! 打ち込め!

 体中を流れる血液がそう言っていた。もう止められない。握っていた竹刀が前に出る。

 そのまま開いた面をめがけて、打ち込んだ。


「メェェーンッッ」


 決まった。すぐに残心をとる。


「面ありッ」


 白の旗があがった。息が上気する。全身の血が沸き立つように喜んでいた。僕は震えていた。喜びに打ち震えていた。この感覚を、全身が欲していることを自覚した。

 捨てたはずのこの感覚。もう味わうことはないと思っていた。

 まだ試合は続いている。もう一本取らなくては。

 不思議と、心が落ち着いてきた。ざわざわとしていた空気が、しんと静まったようだった。相手の動きを観る。向こうも僕の出方をうかがっている。


 この緊張感。忘れていた。剣道とは、こういうものだった。


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