3 楽しいクラスメイト
そんなやりとりをしながら歩いていると、すぐに1‐Gの教室までたどり着いた。
教室に入ると、扉の前にクラスメイトの相田ゆかりが仁王立ちで立っていた。こころなしか顔が怒っているように見える。
「な、なんでしょうか。相田さん」
「あ、おはよー。ゆかりちゃん」
怯む僕とは対照的に、沙耶ちゃんは明るく彼女に挨拶した。
「おはよう。ところで二人とも桐生を見なかったか?」
「桐生くん? 見てないけど、どうしたの?」
「あいつ、まだ先週のレクのレポート出してないんだ。締め切りは今日だからな。散々逃げていたようだが、今日という今日は椅子に縛り付けてでも提出させてやる!」
相田の言うレポートとは、G組が毎週行うレクリエーションのレポートである。G組には週に一度、レクリエーションの時間が設けられている。
そこでは毎回生徒たちが自分たちでやることを決め、それを行うことになっている。やることは本当になんでもいいらしい。先輩たちの例で言うと、それはゲームであったり、スポーツであったり、時には討論会なんてこともしたりするらしい。これは生徒たちの自主性や独創力などを養うことを目的としたもので、数年前から行われているらしい。それなりに成果もあがっているようで、G組だけでなく、他のクラスでも取り入れる検討がされているという。
レクリエーションでなにをやるかはほぼ自由だが、毎回レポートの提出が生徒たちには科せられている。そのレポートを集める役割を、学級委員長である相田が担っているのだ。そして幸彦は例によって、すぐにレポートを出さない。よってこうして相田にせっつかれるはめになるのである。
「あいつまたか。さっさとやればいいものを」
相田の心中を察し、僕は深いため息をついた。
「篠宮。お前からも言ってくれないか。お前たち仲良いようだし」
その台詞を聞いて、僕は心底それを否定したい気持ちになった。
「いや、まあ仲は悪いわけではないけど……」
とそこへ、タイミングが良いのか悪いのか、話題の張本人が現れた。
「おーっす。ちょっと通りますよっと」
僕たちの後ろを擦り抜けるように、幸彦はひょっこりと教室に入ってきた。それを見た相田は、目を鬼のようにつりあげ、声を張りあげた。
「待っていたぞ。宿敵。もとい桐生!」
「うおっ。その声は相田!」
相田の存在に気づいた幸彦は、びくりと体を震わせた。その鬼気迫る迫力に、身の危険を感じたのだろう。数歩後じさったかと思うと、身をひるがえし、入ってきた教室から再び廊下へと出ていった。
「逃がすか!」
相田は僕たちを押しのけると、走り去った幸彦を追って教室をあとにした。残された僕たちは、唖然とその光景を見送るしかなかった。
「朝から二人とも元気だね」
「ホント、そうだね」
沙耶ちゃんの台詞に激しく同意する僕だった。
教室内には小林誠の姿もあった。他には僕と沙耶ちゃん以外、誰もいない。しかしもともと人数が少ないため、これが普通の光景なのだ。
「小林くん、おはよー」
「おはよう」
沙耶ちゃんはクラスの誰に対しても、気兼ねすることなく挨拶をする。クラスの人数が少ないため、必然的にみなの仲間意識が強くなっていることもあるだろう。この、少々特異な環境下で、同じような立場の人間が集まっているのだ。自分自身、クラスに溶け込むのにさほど時間はかからなかった。
「おはよう小林。相田さんすごかったな」
「ああ。さっきからああしてずっと戸の前に立っていたよ」
少々風変わりなクラスメイトが多いなかで、この小林は一番と言っても差し支えないほどまともだった。そのため、僕も小林と話をするときが一番安心する。
「あれ? なにこれ」
沙耶ちゃんが自分のロッカーに荷物を入れながら、そう言った。
「どうしたの?」
僕が沙耶ちゃんのほうへと近づいていくと、ロッカーの上に飼育用の透明ケースが置いてあるのが見えた。そこには小さな亀が一匹入っている。亀は小さな目で、こちらの様子を窺うように見ていた。
「やだ。可愛い。誰が持ってきたのかな」
「ああそれ。たぶん美周だよ。なんか今朝来たら、そこで亀と話してた」
小林がにやにやしながらそう言った。
「亀と話してた? なんだよ、あいつ。気色悪っ」
「そんなことないよー。わたしだって生き物と話すことあるもん」
「けど、なんで教室に亀なんか持ってくるかな? 小学生じゃあるまいし」
「さあ。でもなんか今朝の美周はおもしろかったぜ。普段聞いたことのないような猫なで声で亀に話しかけててさ。俺が教室に入ってきたのに気づかなかったんだろうな。後ろから声かけたら、ものすごいびっくりしてさ。振り返ったらすげー焦った顔してた。そんでばつが悪そうにどっか行っちまったな」
僕は思わず吹き出した。
「なんだよそれ。あの美周が? 意外な一面だな」
「ちょっと、俺も間が悪かったかなーって。でもホント意外でおもしろくってさ」
思い出して、おかしさが込みあげてきたのだろう。小林も口に手を当ててくつくつと笑っていた。
「もー二人とも。美周くんのこと、そんなに笑ったら悪いでしょ。わたしはいいと思うんだけどな。なんか美周くんのいいところ見つけた感じ」
「えっ、そうなの?」
ぎくりとして、沙耶ちゃんの顔を見た。沙耶ちゃんは嬉しそうに亀を見ている。こんなことで美周の株があがろうとは、思いもよらなかった。亀はのそのそと石の上によじのぼって、沙耶ちゃんのほうを見つめていた。
そのうちに、先程教室を出て行った相田が、幸彦を引き連れて戻ってきた。幸彦も観念した様子で、しぶしぶ言いなりになっている。美周も始業チャイムの鳴る少し前に入ってきて、沙耶ちゃんに笑顔で挨拶を交わしていた。
これでクラスメイト全員だ。たった六人。前列に三人の机と後列に三人の机。生徒同士の距離がとても近い感じがする。
僕はこんな雰囲気が、結構気に入っていた。




