↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電灯  作者: 三日月 夕
PR
5/7

5/5

 白い壁に一枚の油絵が飾られていた。

 足を止め、しばらく見上げる人もいれば、足早に通り過ぎる人もいる。

 一人の男は、少し離れた所から絵を見ながら言った。

「どうして勝手に手を加えちゃったかなぁ」

「そのことはもういいじゃないですか」

 結衣は男を和めるように言った。

「この虫さえ書き足さなかったら、佳作には入れていたと思うよ。いや、大賞だってあり得たかもしれない」

「それは先生の過大評価です」

「これじゃあこの虫が主役に見えてしまう。タイトルは電灯なのに。そもそもこの虫さぁ」

「カナブンです」

「そう、カナブンね。こんな手前に大きく描かなくたって、他の虫みたいに電灯の周りに飛ばすだけで充分良かったのに」

「そうかもしれません」

 男はブツブツ言いながら去って行った。

 結衣は絵を見上げる。絵の隣には「Don't touch & Flash」と書かれた紙が貼られていた。結衣は絵に近づくと、そっとカナブンに触れた。他の客が、結衣の手に視線を集めているのを感じた。

 描かずにはいられなかったのよ。


 家までの帰り道、先生の言葉を思い出す。佳作に入れていたかもしれない。大賞だってあり得たかもしれない。先生はいつだったか、講義の途中で話に熱くなって語っていた。

「芸術は自己満であってはならない。君の見た、感じた、考えた情熱で他人を虜にしなくてはいけない。他人の心に君の情熱を植えつけなくてはならない。それがプロの芸術家だ」


 西の空が真っ赤に染まり、横に何本も伸びる層状の雲が綺麗に階調的に変化している。まだ三月だというのに、上着が要らないくらい暖かい。

 コンビニの前に差し掛かる。

 あの日のことは全部夢だったんじゃないかと思っている。

 お礼を言い忘れていたこともあり、翌日に婦人を訪ねたがレジにはいなかった。それからコンビニに立ち寄る時や、店の前を通り過ぎる時は必ず婦人の姿を探した。だが、一度も見かけることはなかった。

 外の、電灯の明かりが点いた時だった。コンビニの入り口に、箒を掃く婦人がいた。結衣の足は駆け出した。

「あの、すみません」

「はい」婦人が顔を上げる。懐かしい笑顔だった。

「あの、私、去年の夏、夜中に虫が出て、殺虫剤を買いに来たけど売ってなくって」

「ああ」婦人の目が大きくなり、詠嘆の声をあげる。

「大丈夫だった? ずっと気にしてたのよ」

「はい、ずっとお礼を言いたくって」

「そう、よかったよかった。殺虫剤は家に置いておかなきゃね」

「それで、一つ伺いたい事があって。どうしてあの人は安心して大丈夫って仰ったんですか?」

 婦人は口を開けてポカンとした顔で結衣を見る。

「私、そんなこと言ったかしら」

「はい。覚えて……ないですか?」

 婦人は再び箒を掃き出す。

「ああ、そうだ、これこれ」集めたチリを、箒で広げ結衣に見せる。「この黄金色の虫いるでしょ。あの日、外のゴミ箱まとめていたら横で彼がしゃがんでいてね。何してるのかなー、って覗いたら、この虫がひっくり返っているのを戻してあげていたのよ。いい子だなぁ、って思って」婦人は再び広げたチリを箒で集めながら言う。「ほら、なにかと物騒な世の中じゃない。誰でもいいから人を殺してみたかった、とか。でもああいう人見ると、やっぱり世の中捨てたもんじゃないと思うのよね。無愛想だけどね、彼なら大丈夫だと思ったのよ」婦人は箒で塵取へとゴミを掃き入れる。その中には一匹の死んだカナブンがいた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。