第二話(前編)
本来二話は一つの塊だったんですけど、一話との比率を考えて、半分にスパッと分けたほうがいいかなと思い、前編後編に分けました。
第一話の時でも言った通り、どこか変な場所とかあったりしたら声を掛けてくれると嬉しいです。
翌朝。
小鳥の囀りが僕の意識をこちら側にゆっくりと引き寄せる。
五月蝿いな。
そんなことを思いながら寝返りを打つも、意識がそちらに向かっているため、なかなか眠れない。
仕方ないと思い、毛布を払いのけ窓の方を見る。
外は既に陽が昇って、所々に影を落としている。
ベッドから下りて、ボサボサになった髪の毛を手櫛で無理やり引き延ばしながら一階に降りる。
洗面所で、乾燥した口に歯ブラシを突っ込み無理やり搔き回す。口内を駆け巡るブラシの刺激と、すすいだ後の爽快感が僕の意識を完全に覚醒させる。
朝食は、まあいつも通りコンビニで買うとして...。
早々に身支度を整え、玄関から家の外に出る。
「っ!」
太陽の日差しが思っていたよりも強く、目の前が真っ白になる。何も見えない、暗闇の中同様目を開けているかも分からない。
壁のある辺りを手で探り当て、安堵するようにもたれかかる。
ようやく目が慣れてきたと思ったら、次に襲ってきたのは臭いだった。
雨上がりのアスファルトから香る粘土質のような特殊な臭い。
けれど、その臭いを嗅ぐと昨晩のことが嫌に鮮明に思い出されて目尻が途端に熱くなる。
何故そうなるのかはわからない。
けれど、それでも胸を引き裂かんばかりの罪悪感は止まらない。
どうにかその気持ちを宥めるために、胸をさすりながら通学路を歩き出す。
その臭いにも慣れてきたのか、自然と罪悪感が胸の奥へと引いていく。
「おーい。お兄ちゃーん。」
その時、ふと後方から声がした。琴奈だ。
彼女は昨晩の出来事など気にしていない様子で、僕の隣に走ってきた。
しかし、走っているその姿にも常に凛とした趣を醸し出していた。
「もう、お兄ちゃん歩くの早すぎ!琴奈朝から疲れちゃったよ。」
琴奈が息を整えながらそう言った。けれど、それほど疲れている様には見えなかった。
家族の監視のない、束の間の安寧が訪れる。
「おい見ろよ。紬啓真だ。」
「紬って、あの名家の?」
「そう、あの名家の出来底ないだ。」
けれど、その安寧もまた直ぐに終わりを迎えた。
いつしか周りを歩いていた生徒たちが、小声でそう呟き始めたのだ。
耳が急激に運動を始め、条件反射で口が動き始める。
一緒に居たいという気持ちとは裏腹に、頭の中では彼女を遠ざけなければならないというある種の使命感が働いていた。
「琴奈、昨晩僕言ったよね。関わらないでって。」
琴奈がハッと息を飲む。
「そ、そんなことできるわけないよ。」
急いで反論する琴奈。
その声は、見捨てないでと言う様な、すがる様な声色だった。
「それでも、だよ。じゃあね。」
けれど、僕はそれを知らんぷりして足を速めた。
悲痛な鼓動を奏でる心臓の音が、僕の耳に微かに届いた。
四時間目、国語の授業。
授業中、僕はボーっと外を眺めながら、昔のことを思い返していた。
僕の母は僕を産み落としてすぐに亡くなった。
元々体が弱く、出産も控えるよう言われていたのだけれど、その忠告を押し切って、三人もの子供を身ごもった。
僕は産まれてきて早々に亡くなった母の顔を覚えていない。けれど、家に飾ってある遺影が、彼女がどんな人だったのかを物語っていた。
優しそうで、やんわりした感じの、全てを優しく包み込むような、そんな人だった。
後々になって罪悪感がこみ上げてきた僕は、5歳の時に母の遺影の前で大泣きした。まあ5歳という年齢故、恥というか、他人に迷惑をかけることに迷いがなかったのもあって、その声は家中に行き渡ったのだろう。
そこに何事かと入ってきた父親から放たれた一言を、僕は昨日のことのように鮮明に覚えている。
『役立たずのくせに一丁前に大泣きするな。不愉快だ。』
その響きが今も頭の中に残っている。
更に追い討ちをかけたのが、その騒ぎを聞きつけてやってきた周辺住民と、僕以外の家族の冷たい眼差しだった。
当時の僕には何のことか分からず、更に泣きじゃくっていた覚えがある。
どうして僕がこんな目に遭わなければならないのか。
何故みんなして僕を軽蔑するのか。
何故誰も僕を助けてくれないのか。
それでも、その時はまだ僕にも希望があった。
小学校ではまだ友達もたくさんいたし、親友だっていた。
けれど、中学校に上がって、現実を理解し始める時期になるにつれて、僕の周りから友達が消えていった。
それでもなお僕を気遣ってくれた親友は、周りからの過度な圧力に精神を削られ、最終的に身を投げた。
親友が他界したという知らせを聞いたその日から、僕は世界に絶望した。
どうせ世界は無情で、人間なんて非情な生き物なのだと分かった。
人生には目標なんてなくて、生きていくことに生き甲斐など不要なのだと。
友達関係など、そんなものは上辺の付き合いに過ぎず、その間に信頼なんていうものは介入しない。
もうその時から、僕は生きることに意味を感じていなかった。死のうとすら思った。
「お兄ちゃん!」
そんな時、琴奈に出会った。
唯一彼女は、こんな僕のことを兄として慕ってくれた。何故家族の中でも冷遇されていた僕に対してそう接してくれたのかは今も分からない。
それでも、彼女のその一言が、僕を元の世界に引き戻してくれた。彼女の存在だけがあの時の、そして今のただ一つの生きる希望だった。
その日から僕は決意した。
彼女だけは、絶対に大切にしよう、と。
過去にいなくなってしまった親友のようにならないように全力を尽くそう、と。
けれど、結局今の僕にできることは、彼女を僕から遠ざけることだけだった....。
「...い。おい、紬。」
「...ぇ、あ、はい。」
国語担当の教師が、教科書片手に顰めっ面で教卓の前に立っていた。
「んじゃ次のとこ読め。」
まるで僕を辱めるために、自分のストレスを僕で発散するかのようにそう言い放つ。
「あの、次ってどこですか?」
当然昔のことを思い出していた僕は、授業などこれっぽっちも聞いていない。
周りからクスクスと控えめな笑い声が聞こえてくる。
その声はクラスの一箇所からではなく、全体から聞こえてきた。
「先生。」
その時、自分の場所から離れたところに座っていた琴奈が立ち上がった。
「先生。次のところを読めと言いましたけど、『次』の場所なんて無いですよね。」
はっきりとそう言い放つ。
周りの視線が全て琴奈に集中する。
どこからともなく舌打ちすら聞こえてきた。
これはまずいと思い、
「ーーー(初めから読み始めている様子)」
彼女が何か言い始める前に大声で朗読し始めた。
目立つことは大嫌いだけれど、今更恥など感じない。彼女以外にはどう思われていても構わないのだから。
教室中の生徒たちは、みんな揃ってつまらなさそうにしていたのを覚えている。その姿はある意味滑稽で、朗読の最中に吹き出しそうになるほどだった。
琴奈の方はと言えば、物凄く何かを言いたげだったのだが、やがて顔を伏せたまま席に座った。
せっかくフォローしてくれたのに、こんなことしかできない自分が本当に情けないと思った。けれど、この行いで彼女に対する周りの印象が保たれるのならばそれでいいと思った。
結局、全てを朗読し終わることは出来ず、途中で鐘が鳴った。
生徒たちや国語担当の教師は何事もなかったかのように教室を後にしていった。
その流れが治まった後、僕は弁当の袋を片手におもむろに席を立った。
これ一人称小説なので、自分の考えだとかそういうのをどう入れていったらいいのか全然分からないんですよね。
それでもまあ楽しんでいただけたらいいなという思いで書いています。
一応次の話までの考察は考えているつもりですが、設定に矛盾やらなんやらが生じて心が折れるかもしれないですけど頑張っていきたいです。