2話
二人はそのまま自らの主人の元へ行った。扉を開けて部屋の中に入る。
広めの空間には特に人がひしめきあっていた。床にはいくつかの模様の様なものが描かれている。
一段高くなったところに椅子が置いてあった。そこにちょこんと少女が座っている。知っている顔を探しているのか落ち着きなくきょろきょろと視線をさまよわせている。首を動かすたびに、すらりと長く伸びた髪が左右にゆらゆらと揺れた。
(よほど緊張していらっしゃる)
まあ当然といえば当然かもしれない。
これまで彼女が主役になったことはない。末娘という立場のこともあるかもしれないがそれ以上の問題もある。そしてそればかりはカラハもどうすることもできない。
二人が彼女の元へ近づいていくと、その顔がぱっと明るく輝いた。
「お待たせしてすみませんでした、セレーネ様。ミズナギを連れてきました」
「どこに行っていたんですか?」
「ええ、少し大切な用事がありまして」
しかしミズナギは少しも譲らない。二人の間でしばし睨み合い――先に折れたのはセレーネの方だった。
カラハとミズナギがセレーネの従者になって数年が経つ。互いの大体のことはわかる。だからセレーネもこれ以上問い詰めても無駄だということをよくわかっていた。
「こんなことはこれ限りにしてくださいよ」
彼女はそういうとぶすっと黙ってしまった。だが本当に機嫌が悪くなったわけではない。ちょっとしたらすぐに元に戻る。これも数年間の間でカラハが学んだことだった。
カラハはふと部屋全体を見た。先ほどの模様はだいぶその範囲を広げ、段差のすぐ近くまで広がっていた。真面目に作業をしているものが多いが、中には隠れるように隅の方で何もしていない者もいる。注意しに行こうかと思っていると、それらの者たちが急に動き出した。それだけではない。他の者もその場にひざまずいている――これだけで何が起こったか十分だった。カラハも同じくその場にひざまずく。
模様を横切って男が歩いている。背の高い男だ。そんなに年は食っていないはずなのに、いくつもの修羅場を潜り抜けた戦士の様な容貌をしている。それに加え、居るだけで他者を威圧するような存在感。知らない人が見れば彼を貴族――しかもこの国でも指折りの貴族とは到底思わないだろう。
「ごくろう」
セレーネの父親、ポロスはカラハに冷たく声をかけると、セレーネに向き直った。
「大丈夫か?」
その声音は先ほどのものとは似ても似つかないものだ。その見た目から想像できないような優しい響きを伴っている。
それが彼の本当の姿なのか、それともこれが仮初めか――その真偽はわからない。
「少し不安です……」
「何、すぐに終わるさ。もう今日でお前のつらい日も終わりだ」
彼は頭をぽんぽん、と叩くとそのまま立ち上がった。そして来た時と同じように、圧倒的存在を放って部屋を去って行った。彼が出て行ってしまうと、また部屋に活気が戻る。まるで止まっていた像が突然動き出すようにそれぞれが作業に戻った。
ポロスがあのような表情を見せるのは親族だけだ。それ以外はカラハの時のように冷淡に対応される。それに加え、本人が放つ威圧的な雰囲気もありあまりよく思われていなかった。彼が去った後はいつもこうだ。
このことをセレーネはどう思っているのだろう。まあおそらく聞いても答えてくれないだろう。機嫌を損ねている今ならなおさらだ。
カラハはまた先ほどと同じように部屋の観察に戻った。




