一話
屋敷の中は朝から騒がしかった。
下仕えの者たちだけではなく、普段なら屋敷の外での警護が多い衛士達も、身軽な格好で何かを運んでいた。それほど今日は重要な日と言えるし、それだけの人手を使う価値も十分にあった。
そんな中カラハは一人で廊下を駆けていた。それも行動は怪奇そのものだ。適当な部屋に入ったと思ったらすぐに出ていく。また隣の部屋に入ったと思ったら次の瞬間には外にいる。
その様子を見ていた者たちはそろって首を傾げた。いったい奴は何をしているか、そんな暇があればお前も手伝え――視線も気にしない。気にならない。余裕が無い。怒りが頭の大部分をうめつくしているからだ。
あいつはどこをほっつき歩いているんだ。
そんなことをしている暇などないということはわかっているはずだ。いや、昨日俺が言った。忘れてなんかいないはずだ。
怒りに任せて扉を開ける。誰もいない。大きな音を立てて閉じると、また隣で同じことをした。
繰り返すことさらに数十回――見覚えのある男が視界に飛び込んできた。
「やあ、元気だねぇ、渡り鳥。そんなことをする前に主人の元へ帰ったらどうだい」
相変わらずの態度。まったく悪びれた様子もない。これじゃあ俺が何をしに来たんだか。
カラハ――冬になるとよく見かける鳥の名前――大きな鳥で敵を見つけたらすぐに襲い掛かる――状況によっては人もその対象になりかねない。それが彼につけられた名前だった。別段気に入っているというわけでもないし、嫌っているというわけでもない。
「やっといたか。どこにいたんだよ。セレーネ様がお怒りだぞ」
「少し外せない用事がありましてね……まあ、今からは特に何もありませんよ」
男、ミズナギはゆっくりとした動作で立ち上がるとふらりと立ち上がった。
ミズナギ――涼しくなった時に現れる鳥――他の鳥を巧みに利用して餌を取る。賢い鳥とされることもあるが、卑屈な鳥とされることもある。本人がそれを良く思っているかどうかはわからない。カラハが見る限りではそうでもないように見える。
「さて、行きましょうか。セレーネ様の護衛があるんでしょう?」
ミズナギは先行して歩き出した。
やっぱりこいつといると調子が狂う。どうも話を上手いことそらされているような気分になる。
現に今も何だかんだで何事もないように終わろうとしている。どうも変に主導権を握られる。
初めのころは戸惑ったが今となってはもう慣れた。こんな時はその場に任せてしまったほうがいい。カラハはミズナギを追いかけた。




