1.コーヒーの香り
もうすぐ彼女に会える。
俺の心臓は飛び出しそうなくらいに高鳴っている。
休日の午後、優しい笑顔の彼女に会うために、俺はこの一か月ひたすら働いてきたんだ。この日のためだけに頑張ってきたんだ。
電車がホームにすべり込むと、ドアが開くのももどかしく、俺は電車から飛び出した。待ち合わせは改札を抜けてすぐのコーヒーショップと決まっている。
店内に入るとコーヒーの香りが俺の鼻孔をくすぐる。心が落ち着くその香りと、彼女に会える喜びで俺の顔はにやけていたかもしれない。
いつもの壁際の席に目を向けると、彼女は長い髪を躍らせながら俺に目を向けてきた。
この瞬間が一番好きだ。これから始まる、彼女と一緒に過ごす時間。
俺はゆっくりと席に近づくと、にっこりと笑って見せた。
「待たせてすいません」
「いえ、私もたった今ついたところです」
そういう彼女のコーヒーは、一口程度がカップに残っている程度だった。
俺は彼女の前に座ると、コーヒーを二つ注文した。そして、彼女が好きなケーキも。
彼女は俺の楽しくもない話に耳を傾け、たいして笑えない話でも楽しそうに笑ってくれた。出会ったばかりの頃は、どんな話をしたらよいのか分からず、つい仕事の話ばかりになってしまった。それでも彼女は『知らない世界の話を聞くのは楽しいです』と笑顔を向けてくれたのだった。
彼女―――
決して友達以上にはなりえない、それが俺と彼女の関係なのだ。




