破れたタンバリン
心が温まるお話を目指して。
氷室は顔を上げた。ちらちらと冷たいものが降ってくる。
頭をかいた。風呂にはもう何日も入っていない。
公園のベンチが氷室の家だ。
ごみ箱をあさり、空のビール缶を振って残りをすすり、近所のボランティアが行っている炊き出しのおこぼれにあずかる。そうして大半をベンチの上で眠って過ごす。
氷室が寝返りを打つと、シャンと鈴の音がした。昨日ごみから拾ってきた、まん中の皮が破れたタンバリンだ。何故すでに役にも立たないそれを拾ってきたのか、氷室自身にも分からなかった。
振るとシャン、シャンと音がする。
氷室は目を細めた。
彼が息子に初めて買ってやったおもちゃもタンバリンだった。リズム良く叩いてやると、赤ん坊が大喜びしたものだ。
・・・・・・自分が家族を捨てたのか、家族に自分が捨てられたのか。
悲しい記憶は曖昧だ。
氷室は服の胸ポケットに入っていた紙を取り出した。ため息をついて首を振る。
広げた紙には電話番号が書いてある。息子との唯一の連絡手段だ。
氷室は紙を再び折りたたんだ。
捨てはしない。しかし電話をする勇気も、金もなかった。
「おじさん、どうしたの」
気が付くと目の前に男の子が立っていた。不思議そうに氷室の目を見る。
どうしたものか、氷室は逡巡した。人と話をするのも久しぶりだった。
「・・・・・・目に水がたまったんだ」
しばらくして氷室は答えた。
「泣いていたの? 寒いから?」
男の子の問いに、氷室は首を横に振った。
「ぼく、鈴の音がしたから見に来たんだ。それはおじさんの?」
男の子は氷室の側に置かれたタンバリンをのぞいた。
「そこらで拾ったんだ」
「へえ。ちょっと借りてもいい?」
氷室はうなずいた。男の子がタンバリンを拾い、シャン、シャンと鳴らした。
「まん中はもう叩けないけど、音はするねっ」
男の子はうれしそうに跳ねた。彼の中に、氷室は息子の面影を見た。
「持って行きなさい」
「いいの?」
おずおずと男の子が尋ねる。
遠くから女性の声が聞こえた。名前を呼んでいるようだ。
「ママだ。おじさん。これ、ぼくの宝物にするね!」
氷室は大きくうなずいた。
男の子は公園の出口で氷室に手を振り、去っていった。
氷室は大きく息を吸い、そして吐いた。
胸元の紙を思い、意を決したようだ。
夜にボランティアの元を訪れた氷室はスタッフの女性に告げた。
「風呂を借りられますか。それから・・・電話を」
女性は快く引き受けてくれた。
感想、ご指摘、アドバイスなどありましたらありがたいです。