鏡の月 四
気がついたときにはこの世に生まれていた。――いや、生まれていたというのはおかしいのかもしれない。
あれの記憶と知識を持ったまま、気がついたらどこかの空間に立っていた。
〝天の国〟とは違うというのはすぐにわかった。
ここはひどく息苦しい。暗闇のせいで広くも狭くも感じる。
ここはなんだ? と漆黒の男は眉をひそめた。
そしてオレはなんだ?
――オレは誰だ?
自問自答して、理解する。
あれと同じでありながら、あれとは違う存在。本来ならばふたつも存在することはない。なぜオレはここにいる?
訳がわからず思案している男の耳に、ぱきりと割れる音が届いた。
伝わってきた空気の振動に、何事かと上方を見やる。
しばしの逡巡のあと、男は不機嫌そうに目を細めた。
たわけ。下衆ごときがこの力をどうこうできるわけないだろう?
術の失敗を感じとった男は鼻を鳴らして笑った。
オレに何をさせる気だったのか。地上に騒動でも起こす気なのか、それとも不老長寿か……。どの道いいようにされる気はないけどな。
姿の見えぬ術者に向かって男は冷笑を浮かべた。
あれの霊力を写し取って実体化させたのは褒めてやってもいいが……小者ではここまでしかできぬか。稀代の陰陽師ならば可能だったかもしれないが。
ふん、とふたたび鼻で笑うが、肌を刺すような感触に顔をしかめる。
男を形にした術者は諦めきれないのか、まだ何かしようとしているようだ。
――浅ましい。
鬱陶しく纏わりつく静電気を虫を払うように追いやると、男はため息をついた。
さっさとあれにどうにかしてもらいたいものだ。
面倒が起きる前にさっさとオレを消せ、と。
何度か呼びかけているというのに。どういう訳か呼びかけには返事がない。
返事の代わりに、頭上に現れた裂け目に引き寄せられそうになり、男は奥歯を噛んでそれを耐えた。
自身を成形している一部の霊気が今ので外へ出てしまったようだ。
やれやれと男は思う。
下衆の気配はすでにないから、そっちは始末したのだろうが……。
神経を張り巡らせて男は外の様子をうかがった。どうやら、この空間を取り囲むように、別の力が働いているらしい。
だからか、と男は独りごちた。
じわりじわりと流れてくるあれの記憶と霊力が急に止まった。
気の流れが遮断されたのか。ならば好都合だ。
男は薄く笑って目を閉じた。
いつになるかはわからないが、やがて時が流れればこの空間ごと朽ちて消えるだろう――。
だが男の願いは叶うことなく。
大気の澱みは長い月日を経て内側からの爆発を生じた。