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最後の少女

掲載日:2026/11/03


 仄暗い夕焼けに照らされ、二つの影が、病室の壁に長く伸びていた。

 一つはベッドに座る小柄な影。もう一つは大きく、しかし細い影。


 木枯らしが窓を小さく揺らす音に混ざり、成人男性を元にした機械音声が語る。

 

「レミ、君ニ人類の存亡が懸カってイル。今日コソ――」


 男の姿を模した自立型アンドロイド。彼の言葉を、小さな影――レミが遮った。


「私の答えは変わらないわ、ミスタ。早く出て行きなさい」


 レミが首を振るたびに、絹糸のような銀の髪がベッドを撫でる。琥珀色の瞳が細まり、彼を睨みつけた。


「明日は別ノ遺伝子を用意しよウ」

「しつこいし無駄。私は誰の子供も産むつもりはないわ」

「了解シた。今日ハ出直す」


 もう何度交わしたか分からないやり取りに、レミは呆れを乗せた溜め息を吐く。ミスタは滑らかな足取りで踵を返すと、壁の一部に青白い光が走り、扉の形に開いた。


 ミスタが去り、白い病室が静寂を取り戻す。レミは扉から視線を外すと、枕元のリモコンを手に取った。


 赤いボタンを押す。壁に開いた小さな穴が光り、ベッドの脇に、女の立体映像を投射した。


〈人間が生殖能力を取り戻す手段は、未だ確立されていません。一度手を加えたゲノム情報は、世代を超えて引き継がれる。この理論を裏付ける結果に終わりました。つきましては――〉


 神妙な表情を作るニュースキャスターの女。見た目は二十代前半に見えるが、とっくに還暦を越えている。


 レミは再びリモコンに触れると、蔑みを孕んだ目つきで映像を消した。


(馬鹿みたい。……ううん。馬鹿だから、こんなことになったのよ)


 照明はない。淡く光る材質の天井を見上げ、レミは心の中で吐き捨てた。


 ◇


 ――三十年前に確立されたゲノム編集による不老技術。富裕層から広まった波を、かの大国が放っておくはずもなく、任意の染色体を変質させる廉価な投与薬が世界中で蔓延った。

 結果、『神にのみ許された禁忌』は、人類から未来を奪い去った。


 ◇


 これこそ、まだ十四歳のレミが、幼い頃から聞かされてきた人類の変遷。世界で最後の一人、生殖能力を持つ少女・レミに背負わされた理不尽な業。


『残された遺伝子と子を成せ』『人類を立て直す灯火となれ』『種の存亡を託す』


「……冗談じゃないわ。死から逃げた臆病者たち。その尻拭いなんて」


 だからレミは、一人で抗う。自分を『子供を産む資材』としか見ない人間に、醜《みにく》く歪んだこの世界に。


 地平線に沈む夕日を見つめ、レミは唇を噛み締めた。



 ◇◆◇

 


 ――レミは夢の中にいた。

 何故夢だと分かるのか。その答えは、自分の髪を梳く二人の温もりが教えてくれていた。


『貴方は貴方の好きなように生きなさい』

『誰もレミを責めないよ。僕たち人類が愚かだったんだ』


 陽だまりのような笑顔を浮かべる母。ゴツゴツした手で不器用に撫でる父。もう会えないはずの二人が、子供部屋でレミを抱きしめている。


(ママ……パパ……)


 誰より優しく、最期まで人間らしく生きた両親。人間らしく老いて死にたいと、誇りを失わなかった二人。

 不慮の事故で亡くなる瞬間でさえ、レミに優しく笑いかけてくれた。


「ありがとう。大丈夫。私も最後まで、人間らしく生きるから」


 瞳に溜まった熱い雫。隠すことなく、笑顔で伝える。


 ――怖いけど怖くない。不安になんかさせない。私は二人の子供なんだから。


 言葉にしなくても、天国の二人に届くように。


『ええ。いつまでも、見守ってるわ』

『愛してるよ、レミ』


 淡い光に包まれながら、レミは頬を濡らしていた。


「……私も、ずーっと愛してる」



 ◇◆◇



 目を覚ますと、天井がレミを淡く照らしていた。

 いつも通りの無機質な朝。温もりは、ベッドに残された自分の体温だけ。


 だけどこの日は、何かが違った。


「オハよう、レミ。良く眠れタか?」


 視界の端に、表情のない顔が覗き込んできた。朝から見たくもないミスタ。レミの身の回りを世話するアンドロイドは、この日はどこかよそよそしい。


「……朝から何の用? というか初めてじゃない? 私はアンタなんか呼んでないんだけど……んっ」


 身体を起こしたレミは、思わず顔をしかめた。下腹部にある違和感。チクリと痛み、パジャマ越しにさする。


 『あの日』は先週終わったばかり。それに鉛のように重く、鈍い痛みではない。上手く言葉にできず、たとえできたとして、ミスタに言うつもりもないレミは口を噤んだ。


「今まで悪カッタ。もう、あの話ハしない」

「……え?」


 レミが目を見開く。ミスタの謝罪も、その後に続いた言葉も、今までの彼からは想像もできなかった。

 ――腹部の痛みも、忘れてしまうほどに。


「また、用ガあれば呼んデくれ」


 やはりアッサリと病室を出て行くミスタ。カチャリとガラスが触れ合うような音を鳴らし、わずかに弾むような足取りは気味が悪い。

 

 レミは「はぁ……なんなのよ」と息を漏らすと、もう一つの違和感に気がついた。


「え?」


 シーツに付いた、赤いシミ。前時代の硬貨ほどの大きさのシミは、まだ乾いていない。

 レミはもう一度腹部を触り、パジャマのズボンを疑うように見つめた。


「…………ま、いっか」


 ――そういうこともある。成長し、歳を取れる、唯一の人類なんだから。


 前向きに捉え、窓の外を眺める。昇り始めた朝日に、両親の笑顔が重なって見えた。



 ◇



〈速報です。人類は新たな希望を得ました。例の――から摘出された細胞と、保管されていた細胞が結合。細胞分裂を繰り返し、現在は胚盤胞に――〉



 了

最後まで読んでくれてありがとうなのだ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶


レミの身に何が起きたのかは、みんなの想像に委ねるのだ(*´꒳`*)


テーマは「人類存亡という大義名分と、一人の少女の尊厳」のつもりなのだ( ˊ̱˂˃ˋ̱ )


もしこの作品を読んで

・レミたん……

ってなった人も、そうならなかった人(むしろ全人類)も、応援や感想してくれると嬉しいのだ(=´∀`)(´∀`=)



おーわりっ(๑╹ω╹๑ )

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― 新着の感想 ―
ミスタ…
切れ味があり、ほろ苦いですねぇ……
時が動き出した!! レミたん…。
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