最後の少女
仄暗い夕焼けに照らされ、二つの影が、病室の壁に長く伸びていた。
一つはベッドに座る小柄な影。もう一つは大きく、しかし細い影。
木枯らしが窓を小さく揺らす音に混ざり、成人男性を元にした機械音声が語る。
「レミ、君ニ人類の存亡が懸カってイル。今日コソ――」
男の姿を模した自立型アンドロイド。彼の言葉を、小さな影――レミが遮った。
「私の答えは変わらないわ、ミスタ。早く出て行きなさい」
レミが首を振るたびに、絹糸のような銀の髪がベッドを撫でる。琥珀色の瞳が細まり、彼を睨みつけた。
「明日は別ノ遺伝子を用意しよウ」
「しつこいし無駄。私は誰の子供も産むつもりはないわ」
「了解シた。今日ハ出直す」
もう何度交わしたか分からないやり取りに、レミは呆れを乗せた溜め息を吐く。ミスタは滑らかな足取りで踵を返すと、壁の一部に青白い光が走り、扉の形に開いた。
ミスタが去り、白い病室が静寂を取り戻す。レミは扉から視線を外すと、枕元のリモコンを手に取った。
赤いボタンを押す。壁に開いた小さな穴が光り、ベッドの脇に、女の立体映像を投射した。
〈人間が生殖能力を取り戻す手段は、未だ確立されていません。一度手を加えたゲノム情報は、世代を超えて引き継がれる。この理論を裏付ける結果に終わりました。つきましては――〉
神妙な表情を作るニュースキャスターの女。見た目は二十代前半に見えるが、とっくに還暦を越えている。
レミは再びリモコンに触れると、蔑みを孕んだ目つきで映像を消した。
(馬鹿みたい。……ううん。馬鹿だから、こんなことになったのよ)
照明はない。淡く光る材質の天井を見上げ、レミは心の中で吐き捨てた。
◇
――三十年前に確立されたゲノム編集による不老技術。富裕層から広まった波を、かの大国が放っておくはずもなく、任意の染色体を変質させる廉価な投与薬が世界中で蔓延った。
結果、『神にのみ許された禁忌』は、人類から未来を奪い去った。
◇
これこそ、まだ十四歳のレミが、幼い頃から聞かされてきた人類の変遷。世界で最後の一人、生殖能力を持つ少女・レミに背負わされた理不尽な業。
『残された遺伝子と子を成せ』『人類を立て直す灯火となれ』『種の存亡を託す』
「……冗談じゃないわ。死から逃げた臆病者たち。その尻拭いなんて」
だからレミは、一人で抗う。自分を『子供を産む資材』としか見ない人間に、醜く歪んだこの世界に。
地平線に沈む夕日を見つめ、レミは唇を噛み締めた。
◇◆◇
――レミは夢の中にいた。
何故夢だと分かるのか。その答えは、自分の髪を梳く二人の温もりが教えてくれていた。
『貴方は貴方の好きなように生きなさい』
『誰もレミを責めないよ。僕たち人類が愚かだったんだ』
陽だまりのような笑顔を浮かべる母。ゴツゴツした手で不器用に撫でる父。もう会えないはずの二人が、子供部屋でレミを抱きしめている。
(ママ……パパ……)
誰より優しく、最期まで人間らしく生きた両親。人間らしく老いて死にたいと、誇りを失わなかった二人。
不慮の事故で亡くなる瞬間でさえ、レミに優しく笑いかけてくれた。
「ありがとう。大丈夫。私も最後まで、人間らしく生きるから」
瞳に溜まった熱い雫。隠すことなく、笑顔で伝える。
――怖いけど怖くない。不安になんかさせない。私は二人の子供なんだから。
言葉にしなくても、天国の二人に届くように。
『ええ。いつまでも、見守ってるわ』
『愛してるよ、レミ』
淡い光に包まれながら、レミは頬を濡らしていた。
「……私も、ずーっと愛してる」
◇◆◇
目を覚ますと、天井がレミを淡く照らしていた。
いつも通りの無機質な朝。温もりは、ベッドに残された自分の体温だけ。
だけどこの日は、何かが違った。
「オハよう、レミ。良く眠れタか?」
視界の端に、表情のない顔が覗き込んできた。朝から見たくもないミスタ。レミの身の回りを世話するアンドロイドは、この日はどこかよそよそしい。
「……朝から何の用? というか初めてじゃない? 私はアンタなんか呼んでないんだけど……んっ」
身体を起こしたレミは、思わず顔をしかめた。下腹部にある違和感。チクリと痛み、パジャマ越しにさする。
『あの日』は先週終わったばかり。それに鉛のように重く、鈍い痛みではない。上手く言葉にできず、たとえできたとして、ミスタに言うつもりもないレミは口を噤んだ。
「今まで悪カッタ。もう、あの話ハしない」
「……え?」
レミが目を見開く。ミスタの謝罪も、その後に続いた言葉も、今までの彼からは想像もできなかった。
――腹部の痛みも、忘れてしまうほどに。
「また、用ガあれば呼んデくれ」
やはりアッサリと病室を出て行くミスタ。カチャリとガラスが触れ合うような音を鳴らし、わずかに弾むような足取りは気味が悪い。
レミは「はぁ……なんなのよ」と息を漏らすと、もう一つの違和感に気がついた。
「え?」
シーツに付いた、赤いシミ。前時代の硬貨ほどの大きさのシミは、まだ乾いていない。
レミはもう一度腹部を触り、パジャマのズボンを疑うように見つめた。
「…………ま、いっか」
――そういうこともある。成長し、歳を取れる、唯一の人類なんだから。
前向きに捉え、窓の外を眺める。昇り始めた朝日に、両親の笑顔が重なって見えた。
◇
〈速報です。人類は新たな希望を得ました。例の――から摘出された細胞と、保管されていた細胞が結合。細胞分裂を繰り返し、現在は胚盤胞に――〉
了
最後まで読んでくれてありがとうなのだ٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
レミの身に何が起きたのかは、みんなの想像に委ねるのだ(*´꒳`*)
テーマは「人類存亡という大義名分と、一人の少女の尊厳」のつもりなのだ( ˊ̱˂˃ˋ̱ )
もしこの作品を読んで
・レミたん……
ってなった人も、そうならなかった人(むしろ全人類)も、応援や感想してくれると嬉しいのだ(=´∀`)(´∀`=)
おーわりっ(๑╹ω╹๑ )




