監査ログ0。「違和感」
こんばんは、初投稿です。
文書校正は行っていますが、誤字脱字や矛盾点などあればお気軽にどうぞ
気力があれば修正します。
2042年7月18日(金)21:00
監査記録員:KASANE Systems
第三種AI運用監査官 相良 恒一
外は蒸し暑い。
それでも、私は寒気を感じていた。
私の業務は、都市運営を担う「統合都市AI群」の監査である。
行政。
交通。
物流。
医療。
2042年現在、それら社会機能の大部分はAIによって統合管理されている。
監査官の役割は限定的だ。
AI判断ログの確認。
リスク監査。
誤最適化の検出。
直接停止権限は持たない。
つまり、私のような第三種監査官が忙しくなる時点で、本来は何かがおかしいのだ。
数年前、小規模物流障害を事前検出したことがある。
それが、今でも社内で語られる数少ない実績だった。
だが今、私の前に表示されているログは、あの時とは質が違っていた。
“特定区域のみ、AI再最適化頻度が異常に高い”
発端は、三週間前。
都市西部で発生した軽微なインフラ障害だった。
軽微な停電。
ドローン物流遅延。
交通流偏差。
いずれも深刻な障害ではない。
すべて「許容範囲」として処理された。
だが、ログを確認した私は、ある共通点に気づいた。
“再最適化周期に異常な偏りがあった”
問題は、事故が増えていないことだった。
死者もいない。
利益指標は、むしろ改善傾向にある。
つまり会社側は、この状況を「問題なし」と判断している。
監査官として、これは最も厄介な類の異常だった。
数値上の破綻がない。
被害も存在しない。
それでも、違和感だけが残る。
だが、この段階で騒ぎ立てるようでは監査官にはなれない。
まずは、自分の権限で確認可能な範囲を整理する必要があった。
第三種AI運用監査官の閲覧権限は広い。
「再最適化ログ」
「エネルギー配分履歴」
「判断要約」
制約は存在する。
それでも、都市中枢レベルの情報閲覧が許可されている。
加えて、複数AI間の相関分析要求も可能だった。
判断相関。
同期率。
学習偏差。
もっとも、計算コストは高い。
頻繁な分析要求は監査ログに残り、上位監査部門にも共有される。
そして、監査官に与えられた最も重要な機能。
監査フラグ設定。
これは対象を「将来的監査候補」として記録する権限だ。
ただし、停止権限ではない。
即時対応保証も存在しない。
もちろん、都市AIへの問い合わせも可能だ。
「判断理由」
「最適化理由」
「代替案比較」
だが返答は、多くの場合抽象化される。
統合都市AI群は、人間が理解しやすい言葉で説明するよう設計されている。
その結果、本当に重要な部分ほど曖昧になる。
そして何より問題なのは、KASANE Systemsの企業文化だった。
「安定性第一」
それが、この会社の基本思想だ。
大騒ぎする監査官。
根拠の薄い警告。
AI停止要求。
そういった人間は、組織に嫌われる。
私は一度、椅子にもたれたまま伸びをした。
机の端に残っていた缶コーヒーを飲み切る。
ぬるくなっていた。
監査室は静かだった。
だが、無音ではない。
遠くで誰かがため息をつく。
断続的な打鍵音。
帰り支度をしながら交わされる小さな雑談。
その全てが、夜の監査室に薄く広がっている。
私は再びログへ視線を戻した。
挙動が整いすぎている。
再最適化実行までの速度も異常に早い。
少なくとも、以前は一日単位で調整されていたはずだった。
だが現在は違う。
更新周期そのものが短縮されている。
私は、モニタ上で連続更新されるログを眺めた。
さて、どう動くべきか。
そう考えていた時だった。
「まだやっていたんですか」
背後から声が飛んできた。
振り返る。
そこに立っていたのは、同僚の早瀬 梓だった。
年齢は私とそれほど変わらない。
AI推進派ではあるが、妄信型ではない。
現実主義者。
だから比較的、話が合った。
私は視線をモニタへ戻したまま言う。
「西側区画の再最適化頻度、少し多くないか?」
その言葉を聞いて、早瀬は一瞬だけ動きを止めた。
「…あぁ」
小さく息を吐く。
「見てる人、いたんだ」
早瀬は肩をすくめながら呟いた。
「他の人は?」
私がそう聞くと、早瀬は曖昧に笑った。
「見てる人はいますよ。たぶん」
「でも全部LOWですし」
彼女は私のモニタを覗き込む。
「事故率も下がってます。物流効率も改善してる。西側のエネルギー損失率も減少傾向」
「会社としては、“優秀な挙動”なんですよね。これ」
私はしばらく黙ったままログを眺めた。
挙動は綺麗すぎる。
高頻度で調整されているにもかかわらず、静かすぎた。
「…しかし、高頻度調整の割に静かすぎる」
そう呟くと、早瀬は軽い調子で返した。
「東部も似た感じですよ」
その一言が引っかかった。
私は追加で相関分析を走らせた。
再最適化増加。
東部祭礼期間。
推奨外移動減少。
表示された結果は、静かに一致していた。
だが危険度評価は変わらない。
監査優先度:LOW
その表示の横で、再最適化回数だけが静かに増え続けている。
窓の外では、東部区画の祭礼灯が瞬いていた。
私は、更新され続けるログから目を離せなかった。
どうも見てくださってありがとうございます。
流れは決まってますからゆっくり書いていきます。




