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『バレット・ファントム ~仮想銃姫の覚醒~』  作者: 蒼狐
第1部 新人狩り

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第7話 ガルドの壁

 雪華とのスナイプ対決から数時間後。


 Rei PhantomはBorder Tower群の最下層、崩壊した地下駐車場跡に降り立っていた。

 天井が半分崩落し、錆びた車が無数に放置された薄暗い空間。雨水が天井の隙間から滴り落ち、地面に大きな水溜まりを作っている。空気は湿り気を帯び、重く淀んでいた。湿ったコンクリートと錆びた鉄、微かな硝煙の残り香が鼻を強く刺激する。


 零は二挺のH&K USP「Phantom Edge」をホルスターから抜き、ゆっくりと構えた。

 Void Railgunは背中に固定したまま。今回は接近戦がメインになると予感していた。


 H&K USP「Phantom Edge」は、ドイツHeckler & Koch社が開発したコンパクト自動拳銃をPBOが忠実に再現したモデルだ。口径9mm×19mmパラベラム弾を使用し、ショートリコイル方式を採用。特徴的なのは特許取得の機械式リコイル低減システムで、二重スプリングとキャプチャードナイロンブッシングにより反動を大幅に抑制している。グリップは人間工学に基づいたエルゴノミックデザインで、手の小さな零でも安定してホールドできる。トリガープルは比較的軽めで、素早いダブルアクション連射に適しており、サイレンサーを標準装備することで発射音を大幅に低減し、雨音や環境ノイズに紛れやすくしている。9mm弾の特性として、貫通力は中程度だが、コントロール性が高く、二刀流での高速連射に最適だった。


 零はゆっくりとスライドを引いて薬室を確認した。金属の冷たい感触と、雨水が銃身を伝う様子が、触覚と視覚を同時に刺激する。


 フォーラムでは「一瞬の幽霊」が中級エリア境界付近に現れたという情報が広がり、零を狙うプレイヤーが増えていた。

 特に、ランキング上位のタンクタイプが「Phantomを潰す」と公言しているらしい。


 零の義眼が、淡く赤く光る。


 ——来るなら、来い。


 そのとき、地面が震えた。


 ドン……ドン……ドン……


 重い足音。まるで戦車が走っているような響き。

 暗闇の奥から、巨大な影がゆっくりと姿を現した。


 身長は二メートルを超える巨漢アバター。

 全身を厚い装甲板で覆い、左腕には大型のタクティカルシールド、右手に重機関銃「Gatling Crusher」を構えている。

 プレイヤー名:**ガルド**。


 ガルドは低く笑った。


「ようやく見つけたぜ、一瞬の幽霊。噂の銀髪の小娘か。随分と華奢だな」


 声は低く太く、地下駐車場に反響する。


 零は無言で二挺のUSPを構えたまま、ゆっくりと後退した。

 義眼の十字が、ガルドの動きを0.3秒先読みで捉える。


 ガルドの装甲は厚い。普通のハンドガン弾では貫通が難しい。

 しかもシールドで前面を完全に守り、重機関銃の火力は圧倒的だ。


 零の胸に、初めて明確な「恐怖」がよぎった。


 ——この相手は、接近戦で勝てるか?


 現実の事故を思い出す。

 爆発の瞬間、仲間が叫び、零の右目が血に染まった。あのときの無力感が、仮想の身体に蘇る。


 零は唇を噛んだ。


 ——負けない。


 ここは仮想世界。失ったものを取り戻すための戦場だ。


 ガルドが動き出した。


 ドンッ!


 重い一歩で地面を踏みしめ、シールドを前面に構えながら突進してくる。

 右手のGatling Crusherが回転を開始した。


 ガガガガガガガッ!!


 重機関銃の猛烈な連射音が地下空間を埋め尽くす。

 12.7mm相当の大型弾が雨のように零の周囲を襲う。コンクリートが粉砕され、破片が飛び散る。水溜まりが跳ね上がり、視界を悪くする。


 零は低く身を翻し、車体の陰に飛び込んだ。


 弾が車体を蜂の巣にし、金属が引き裂かれる音が響く。


 零のHPが、わずかに減少する。


 ——重い。火力が違いすぎる。


 彼女は息を殺し、車体の影から素早く移動。左手のUSPを構えて応射した。


 パン! パン! パン! パン!


 四連射。9mm弾がガルドのシールドに当たるが、ほとんど弾き返される。

 シールドにわずかな傷がつく程度だ。


 ガルドが大笑いした。


「ハハハ! そんな豆鉄砲で俺を倒せると思うなよ!」


 再びGatling Crusherが火を噴く。


 ガガガガガガッ!!


 零は全力でダッシュし、次の車体へ飛び移った。

 弾が足元を削り、跳弾が耳元をかすめる。仮想の痛みが脚を走る。


 零の心臓が激しく鳴っていた。


 怖い。

 この圧倒的な火力と耐久力。

 現実では、こんな相手に勝てるはずがない。


 だが、同時に——興奮していた。


 この緊張。この「死ぬかもしれない」という感覚。

 現実では味わえなかった、生きている実感。


 零は歯を食いしばり、ファントム・スキルを起動した。


 【ファントム・スキル:光学迷彩 発動】


 銀髪の体が、薄暗い地下空間に溶け込むように透明化する。

 輪郭がぼやけ、周囲の影と同化する。


 ガルドの動きが一瞬止まった。


「消えた……? またそのトリックか!」


 ガルドはシールドを構えたまま、周囲を警戒しながら重機関銃を乱射し続ける。

 弾が無差別に飛び、車体を破壊していく。


 零は迷彩の効果時間15秒を最大限に活かし、ガルドの左側面へ回り込んだ。

 光学迷彩が解ける直前、彼女は低く跳躍し、二挺のUSPをガルドの側面に押しつけた。


 パン! パン! パン! パン! パン! パン!


 至近距離からの猛烈な連射。

 9mm弾がガルドの装甲の継ぎ目に集中する。

 ようやく装甲にヒビが入り、HPが少しずつ減少した。


 ガルドが怒りの咆哮を上げた。


「小賢しい!」


 彼はシールドを振り回し、零を薙ぎ払おうとした。


 零は咄嗟に後ろへ跳び、車体の上に着地。

 ガルドのシールドが車体を粉砕し、金属の破片が飛び散る。


 零は即座に反撃。


 二刀流の高速連射を再開した。


 パン! パン! パン! パン! パン!


 左右の手に持ったUSPが交互に火を噴く。銀髪が激しく揺れ、汗が額を伝う。


 ガルドのHPがさらに削れる。


 しかし、ガルドは耐えた。


 彼はシールドを地面に叩きつけ、衝撃波を発生させた。

 零の足元が揺れ、バランスを崩す。


 その隙に、Gatling Crusherが零を直撃した。


 ガガガガガッ!!


 大型弾が零の左肩と胸を抉る。

 激しい痛みが全身を駆け巡り、HPが一気に45%まで減少した。


 零は車体の陰に転がり込み、荒い息を吐いた。


 ——痛い。


 仮想の痛みが、零の脳を直撃する。

 現実の事故の記憶がフラッシュバックした。血まみれの床。仲間たちの叫び声。右目から溢れる温かい液体。


 零の視界が一瞬、ぼやけた。


 だが、彼女はすぐに自分を奮い立たせた。


 「私は……もう、失わない!」


 零は車体の影から飛び出し、全力でガルドに突っ込んだ。


 光学迷彩を再発動。

 体が再び透明化する。


 ガルドがシールドを構えるが、零はシールドの死角——右側面へ回り込んだ。


 迷彩が解ける瞬間、零はガルドの背後にぴたりと張り付き、二挺のUSPを装甲の隙間に押しつけた。


 パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン!


 八連射の猛攻。

 9mm弾が装甲の継ぎ目をえぐり、ガルドの背中を貫通する。


 ガルドの巨体が初めて大きくよろめいた。


「ぐああっ!」


 彼は振り向き、重機関銃を零に向けた。


 零は即座に低く滑り込み、ガルドの脚を狙って連射した。


 パン! パン! パン!


 脚部の関節部に命中。ガルドの動きが一瞬鈍る。


 零はさらに距離を詰め、ガルドの胸部に飛びついた。


 至近距離。二刀流の極み。


 左手と右手のUSPが交互に火を噴き続ける。


 パン! パン! パン! パン! パン! パン!


 弾が装甲を削り、ガルドのHPを容赦なく削っていく。


 ガルドはシールドで零を押し潰そうとしたが、零は体を翻してかわし、背後に回り込んだ。


 再び連射。


 ガルドのHPが、ついに30%を切った。


 巨漢は初めて焦りの声を上げた。


「この小娘……本気で俺を倒す気か!」


 ガルドは最後の抵抗として、重機関銃をフル回転させながら突進してきた。


 ガガガガガガガガッ!!


 弾の嵐が零を襲う。


 零は全力でダッシュし、ガルドの死角を突きながら回避。

 銀髪が激しく舞い、息が荒くなる。


 HPは残り28%。瀕死に近い。


 だが、零の目は冷たく輝いていた。


 ——ここで、終わらせない。


 彼女は最後の力を振り絞り、ガルドの正面に飛び出した。


 二挺のUSPを同時にガルドの顔面——バイザーの隙間に押しつけ、トリガーを引き続けた。


 パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン!


 連続十発以上の猛射。


 ガルドの頭部が激しく後ろにのけぞり、HPがゼロに達した。


 巨体がゆっくりと崩れ落ち、水溜まりに倒れ込む。


 【プレイヤー「ガルド」を撃破しました】


 地下駐車場に、静けさが戻った。


 零は膝をつき、荒い息を繰り返した。


 両手のUSPが熱を帯び、指が痺れている。

 銀髪が汗と雨水で顔に張り付き、左目に浮かぶ赤い十字が激しく明滅していた。


 HPは残り19%。瀕死だった。


 零はゆっくりと立ち上がり、倒れたガルドの死体を見下ろした。


 ——勝った。


 圧倒的な耐久力と火力を持つタンクに、接近戦で勝った。


 この勝利は、零に確かな自信を与えた。


 しかし、同時に恐怖も残した。


 もし義眼の0.3秒がなかったら。

 もしファントム・スキルが使えなかったら。


 零は現実の事故を思い出した。


 あのときも、無力だった。

 右目を失い、何もできなかった。


 ここでは、違う。


 ここでは、戦える。

 撃てる。

 勝てる。


 零はUSPをホルスターに戻し、ゆっくりと地下駐車場を後にした。


 銀髪の少女の背中は、わずかに震えていた。


 戦いの高揚と、死の恐怖。

 二つの感情が、零の胸の中で激しく渦巻いていた。


 ガルドの壁は、零の覚醒をさらに一歩、前へ押し進めた。


 しかし、その直後——


 零の視界に、再びあの不気味なメッセージが浮かんだ。


 【観測データ更新……「Phantom」の戦闘適応率:97.2%】


 送信者名は表示されない。


 義眼の疼きが、限界を超えて激しくなった。


 視界が激しく歪み、現実の部屋が強く重なる。


 零は頭を抱え、歯を食いしばった。


 ——まだ、来るな。


 銀髪の少女は、静かに次の戦場へと歩みを進めた。


 仮想の銃姫は、強大な壁を越えた後も、謎の影に包まれ始めていた。


(第7話 終わり)

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