表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『バレット・ファントム ~仮想銃姫の覚醒~』  作者: 蒼狐
第1部 新人狩り

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/21

第5話 Voidの呼び声

 新人ランキング1位になってから、わずか数時間が経過していた。


 Rei Phantomは、Newbie Ruinsの最深部——ほとんど人が近づかない無人廃墟地帯に移動していた。雨は完全に上がり、灰色の空に薄い夕焼けのような光が差している。崩れた高層ビルの屋上。強風が吹き荒れ、銀髪を激しく揺らす。雨上がりの湿ったコンクリートの匂いと、遠くの硝煙の残り香が混じった空気が、肺に重く入り込む。


 零は屋上の端に立ち、システムメニューを開いていた。


 現在のメイン武器はH&K USP「Phantom Edge」二挺。接近戦に最適なコンパクトハンドガンだ。

 しかし、ランキング上位に食い込んだ今、そろそろ次のステージへ進む準備が必要だった。


 【遠距離武器アンロック条件を満たしました】


 画面にメッセージが浮かぶ。


 撃破数30以上、KD比10.0以上、という厳しい条件をクリアしたらしい。零は迷わずタップした。


 【反物質スナイパー「Void Railgun」アンロック】


 背中に大型のケースが生成された。


 零はそれをゆっくりと開いた。


 そこにあったのは、異様なほど長い銃身を持つ黒いスナイパーだった。


 Void Railgun。


 PBOオリジナル武器で、「反物質弾」を使用する長距離特化型。公式説明には「遮蔽物を貫通し、風や重力の影響を極限まで無視する」と書かれているが、それは表面的な説明に過ぎない。


 全長は約2.1メートル。重量は現実の反物質加速器を模したもので、約28kg。銃身は特殊合金とエネルギーコイルで構成され、発射時に強力な電磁フィールドを発生させる。弾丸は「反物質弾」——接触した物質を「無」に還す特殊弾頭で、通常の物理法則を大きく逸脱した挙動を示す。


 スコープは高倍率の変倍式で、風速・湿度・気温・コリオリ効果まで自動補正するAIアシストが搭載されている。ただし、零はそれをほとんどオフにしていた。自分の感覚と義眼の0.3秒先読みを信じていたからだ。


 零はゆっくりと銃を構えた。


 重い。現実のスナイパーよりさらに重量感がある。

 しかし、零の腕は自然に安定した。射撃部の経験が、仮想の身体操作にスムーズに反映されている。


 彼女は伏射姿勢を取り、Void Railgunを地面に固定した。

 左目に浮かぶ義眼の十字が、ゆっくりと赤く輝き始める。


 息を吸う。

 吐く。


 心臓の鼓動を、意識的に遅くする。


 現実の射撃部時代、零は「風を読む零」と呼ばれていた。

 どんな強風でも、弾道を予測して的に当てるのが得意だった。

 しかし、あの事故以来、右目の喪失でその才能は封じられたはずだった。


 今、ここで——それが蘇ろうとしている。


 零はスコープを覗いた。


 標的は約1800メートル先の崩れた鉄塔。風速は毎秒11メートル。左から右への不安定な横風。湿度が高く、気温は仮想の18℃。通常のスナイパーなら大きく弾道が流れる条件だ。


 零はトリガーに指をかけ、ゆっくりと力を込めた。


 ——0.3秒。


 義眼が、再び世界をスローモーションに落とす。


 風の流れが視覚化され、弾道の予測線が頭の中に浮かび上がる。雨上がりの湿った空気、微かな温度差、すべてが見える。


 零は息を止めた。


 引き金を引く。


 ヴゥゥゥン……!


 独特の低く重い発射音が響いた。

 反動が、零の肩を強く押し戻す。まるで大型のハンマーで殴られたような衝撃だ。虚空を切り裂くようなエネルギーのうなりが、耳を震わせる。


 一瞬の閃光。


 1800メートル先の鉄塔の中央に、正確に命中した。


 鉄塔の一部が、音もなく蒸発するように消滅した。反物質弾の効果——接触した物質を「無」に還す。


 零の唇に、薄い微笑が浮かんだ。


 ——当たった。


 この距離で、初弾から完璧に。


 現実ではもう不可能だった精密射撃が、ここでは可能になる。

 義眼とVoid Railgunの相性が、予想以上に良い。


 零は興奮を抑えきれず、もう一発撃った。


 ヴゥゥゥン!


 今度は2200メートル先の小さな標的ダミー。

 風が強くなったにもかかわらず、弾はほとんどブレずに命中。ダミーが粉々に砕け散る。


 心臓が、激しく鳴っている。


 この感覚。


 トリガーを引いた瞬間の、身体全体を貫く充足感。

 現実では失われた「自分がコントロールしている」という実感が、ここで鮮やかに蘇る。


 零は伏射の姿勢のまま、銀髪を風に任せて目を閉じた。


 ——もっと遠くへ。


 もっと遠くの敵を、一撃で仕留めたい。


 そのとき、遠くから複数のエンジン音が聞こえてきた。


 バイク型の車両に乗ったPK集団が、廃墟の道を高速で接近してくる。数は十二人。ランキング上位の零を狙って来たのだろう。


 零はゆっくりと立ち上がり、Void Railgunを構え直した。


 距離——約2500メートル。


 彼女は屋上の端に移動し、膝をついて安定させた。


 風が強い。銀髪が顔にかかるのを、左手で軽く払う。


 義眼の十字が、激しく輝く。


 0.3秒の先読みが、敵車両の動きを予測する。


 先頭のバイクが跳ねるような動きで接近してくる。


 零は深く息を吸い、吐きながらトリガーを引いた。


 ヴゥゥゥン……!


 重い発射音。


 反物質弾が、音速を遥かに超える速度で飛翔する。


 2500メートル先の先頭車両に、正確に命中。


 一瞬の閃光とともに、バイクごとライダーが「無」に還された。残骸すら残さず、ただ空間に穴が開いたように消失した。


 後続の敵たちが動揺した。


「何だあれ!? 一撃で消えたぞ!」

「スナイパーだ! 距離を取れ!」


 零は表情を変えずに、次の標的へ照準を移した。


 二射目。


 ヴゥゥゥン!


 今度は二番目のバイクのエンジン部に命中。爆発音が響き、車両が横転しながら炎上した。


 敵が散開し、建物の影に隠れようとする。


 しかし、Void Railgunの反物質弾は、薄いコンクリート壁程度なら容易に貫通する。


 零は冷静に、三射目、四射目、五射目を放った。


 ヴゥゥゥン! ヴゥゥゥン! ヴゥゥゥン!


 三発の弾が、壁を貫いて隠れていた敵をそれぞれ撃破。

 人体が蒸発するようなエフェクトが、遠くからでもはっきり見えた。


 残り七人が、慌てて撤退を始めた。


 零は最後の弾を、逃げる一番後ろの敵に撃った。


 2800メートルを超える距離。

 強風の中、微かに上下するバイクの動きを0.3秒で予測し、完璧に捉える。


 ヴゥゥゥン……!


 命中。最後の一人が消滅した。


 【プレイヤー「BikeSquad」を12名撃破しました】


 零はゆっくりとVoid Railgunを下ろした。


 肩が熱い。反動の影響で、仮想の筋肉が悲鳴を上げている。

 しかし、心は満たされていた。


 近距離の二刀流も良い。

 だが、この遠距離の一撃必殺——これこそが、零が求めていた「撃つ」喜びだった。


 彼女は屋上の縁に立ち、風に銀髪をなびかせながら空を見上げた。


 義眼の十字が、静かに赤く輝いている。


 ——Voidの呼び声。


 この武器は、零に「無限の射程」を与えてくれた。


 現実で失った右目と、未来。

 ここでは、取り戻せるのかもしれない。


 零はVoid Railgunを背中に固定し、二挺のUSPをホルスターに戻した。


 まだ、初心者エリアに留まるつもりはない。

 中級エリアへ。公式大会予選へ。


 もっと遠くの敵を、もっと正確に撃ち抜きたい。


 銀髪の少女は、廃墟の屋上から静かに飛び降りた。


 風が、彼女の背中を押すように吹いていた。


 しかし、そのとき——


 零の視界に、再びあの奇妙なメッセージが浮かんだ。


 【観測中……能力覚醒率:92.7%】


 送信者名は表示されない。


 義眼が激しく疼き、視界の端が歪む。


 現実の部屋が、一瞬、強く重なった。


 ベッドに横たわる自分の体。Neuro Linkerのランプが異常な速さで点滅している。


 零は頭を強く振った。


 ——まだ、来るな。


 彼女はゆっくりと歩き始めた。


 次の戦場が、すでに彼女を待っている。


 そして、謎の「Null」の影が、静かにその背後を追い始めていた。


(第5話 終わり)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ