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『バレット・ファントム ~仮想銃姫の覚醒~』  作者: 蒼狐
第1部 新人狩り

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第4話 新人ランキング

 雨がようやく小降りになった頃、Rei PhantomはNewbie Ruinsの最深部に位置する半壊した高層ビルの屋上にいた。


 強風が吹き荒れ、銀髪を激しく揺らす。雨水がまだ滴り落ち、冷たい感触が首筋を伝う。湿ったコンクリートの匂いと、遠くの硝煙の残り香が混じった空気が肺に染み込む。足元の屋上は雨で滑りやすく、靴底がわずかに沈む感触がリアルに伝わってくる。


 零は屋上の縁に腰を下ろし、両手に握った武器を膝の上に置いた。


 H&K USP「Phantom Edge」。


 これはHeckler & Koch社が開発したコンパクト自動拳銃を、PBOが高度に再現したモデルだ。口径は9mm×19mmパラベラム弾。短いリコイル動作(ショートリコイル方式)で、機械的にロックされたブリークシステムを採用している。特徴的なのは、特許取得の機械式リコイル低減システム——二重の反動スプリングとキャプチャードナイロンブッシングにより、反動力を最大30%低減し、射手の負担を軽減すると同時に銃本体の摩耗も抑える優れた機構だ。


 グリップはエルゴノミックデザインで、手の小さな零でもしっかりとホールドできる。トリガープルは比較的軽めで、素早い連射に適している。標準マガジン容量は15発だが、ゲーム内では弾数無制限に調整されており、実戦ではリロードの心配がない。取り付けられた長めのサイレンサーは発射音を大幅に抑制し、雨音や環境ノイズに紛れやすくする。スライドの動きは滑らかで、射撃後のリコイルが比較的マイルド。9mm弾の特性として、貫通力は中程度だが、連射時のコントロールがしやすく、零の二刀流スタイルに最適だった。


 零はゆっくりとスライドを引いて薬室を確認した。金属の冷たい感触と、雨粒が銃身を伝う様子が、視覚と触覚を同時に刺激する。反動の記憶が手のひらに残り、心地よい重みが指先に染み込む。


 ——この銃で、私は戦う。


 現実ではもう握れなかった武器が、ここでは確かな存在感を放っている。


 零はシステムメニューを開き、新人ランキングを確認した。


 【新人ランキング(Newbie Ruinsエリア限定)】


 1位 Rei Phantom 撃破数:29 KD比:11.4

 2位 KillerRain 撃破数:18 KD比:5.7

 3位 ShadowBoy 撃破数:16 KD比:4.9

 ……


 自分の名前が、堂々の1位に輝いていた。


 零は小さく息を吐いた。


 ——29人。


 ログインしてまだ一日も経っていないのに、すでにこれだけの数を撃破していた。初心者エリアでこんな数字を叩き出すのは、明らかに異常だった。


 義眼が疼く。右目の義眼が、ゲーム内で「0.3秒の先読み」を与えてくれるたび、現実の喪失感と奇妙な充足感が混じり合う。


 現実では、射撃部のエースだった。雨の屋外練習でも、風を読んで的に当てるのが得意だった。仲間たちから「零の弾は幽霊みたいだ」と言われたこともある。


 しかし、あの事故以来、何もかもが変わった。


 右目を失い、精密な照準ができなくなり、部活を辞め、学校にも行かなくなった。

 部屋に閉じこもり、ただ時間を無駄に消費するだけの毎日。


 ここPBOに来て初めて、零は「自分」が戻ってくるのを感じていた。


 撃つ。

 敵を視る。

 弾道を先読みし、引き金を引く。


 その一連の動作が、零の心に熱を灯す。


 だが、同時に孤独だった。


 チャットは盛り上がっているのに、零は誰とも返事をしない。

 「味方になりたい」「一緒にやろう」というメッセージがいくつも来ていたが、全て無視した。


 信じられない。

 現実で裏切られた記憶が、まだ胸の奥に深く根を張っている。事故のとき、誤って実弾を扱ったのは親友だった。謝罪の言葉は聞こえたが、零の目はもう戻らなかった。


 ——一人でいい。


 そう思いながらも、零の指は無意識にUSPのグリップを握りしめていた。


 そのとき、屋上の入り口から足音が聞こえた。


 零は即座に立ち上がり、二挺のUSPを構えた。


 現れたのは、一人の少年型アバターだった。黒髪に赤いヘッドギア、軽装のタクティカルベスト。初心者装備に見えるが、動きに無駄がない。


「待って! 撃たないでくれ!」


 少年は両手を上げ、慌てて叫んだ。


 零は無言で照準を合わせたまま、動かない。

 義眼の十字が、少年の胸にぴたりと重なる。


 0.3秒の先読み。

 もし敵意があれば、即座にトリガーを引ける準備はできていた。


「俺、ShadowStepっていう。さっきの戦い、遠くから見てた。すげえよ……本当に新人なの?」


 零は静かに答えた。


「……関係ない」


 声は冷たく、低い。ゲーム内のボイスチェンジャーで少し低めに設定していた。


 ShadowStepは苦笑いしながら近づこうとしたが、零の銃口がぴくりと動いたので足を止めた。


「わかった、近づかない。でもさ、ちょっとだけ話聞いてくれよ。君、ランキング1位だろ? 新人エリアで29人って、普通じゃない。フォーラムが大騒ぎになってるぜ」


 零は眉を少し寄せた。


 フォーラム。

 ゲーム外の掲示板で、自分のことが話題になっているらしい。


 ShadowStepは続ける。


「みんな『一瞬の幽霊』って呼んでる。雨の中で消えて、消えて、全部倒すからだって。Phantomって名前もぴったりだよな」


 零の胸に、小さな波紋が広がった。


 Phantom。

 一瞬の幽霊。


 その呼び名は、零自身が無意識に感じていたものと重なっていた。義眼が与えてくれる0.3秒のスローモーション。敵の弾道が視える瞬間、自分がまるで幽霊のように「存在しない」時間。


 だが、零は感情を表に出さなかった。


「……用件はそれだけ?」


「いや、実は……一緒にやらないか? 俺、ソロだけど、君みたいな強いのと組めばもっと上に行けると思うんだ。初心者エリア抜けて、中級エリアに行こうぜ」


 零の指が、トリガーにわずかに力が入った。


 仲間。


 その言葉が、胸の奥で棘のように刺さる。


 現実の射撃部でも、仲間はいた。笑い合っていた。

 でも、最後には——裏切られたような気がした。


 零は静かに首を振った。


「いらない。一人で十分」


 ShadowStepは残念そうに肩を落としたが、諦めきれていない様子だった。


「わかった……でも、もし気が変わったら連絡して。IDはShadowStepだ。君の戦い方、見てて興奮したよ。本当に、幽霊みたいだった」


 彼はそう言い残し、屋上から去っていった。


 零はようやくUSPを下ろし、再び屋上の縁に腰を下ろした。


 雨が完全に止み、灰色の空に薄い光が差していた。


 新人ランキングの1位。

 「一瞬の幽霊」という異名。


 それは、零にとって予想外の注目だった。


 彼女はメニューを開き、フォーラムに軽くアクセスしてみた。


 スレッドのタイトルがいくつも並んでいる。


【Newbie Ruinsに化け物出現】

【Phantomって銀髪の女、強すぎワロタ】

【あれ本当に新人? 動きがプロレベル】


 スクリーンショットには、雨の中で銀髪を翻して敵を屠る自分の姿が写っていた。光学迷彩で半透明になりながら二挺のUSPを撃ちまくる姿は、確かに「幽霊」のようだった。


 零は画面を閉じた。


 注目されるのは、面倒だった。

 しかし、同時に——心地よかった。


 現実では、誰からも忘れ去られたような存在だった。

 ここでは、少なくとも「強い」と認められている。


 零は立ち上がり、屋上から飛び降りた。

 軽やかな着地。銀髪が風に舞う。


 ——もっと撃ちたい。


 もっと強くなりたい。


 この世界で、失った右目を、失った未来を、取り戻したい。


 そのとき、新たな敵の気配が下方から近づいてきた。


 今度は大人数——十二人近くのPK集団が、零の存在を察知して集まってきたらしい。


 零の唇に、冷たい微笑が浮かんだ。


 義眼の十字が、再び赤く輝く。


 0.3秒の先読みが、敵の配置を頭の中に描き出す。


 彼女は二挺のUSPを構え、廃墟の階段を駆け下りた。


 雨上がりの湿った空気の中、銀髪の少女は再び戦場へと身を投じた。


 タタタタタッ!


 下方からサブマシンガンの連射音が響く。


 零は低く身を翻し、壁を蹴って跳躍しながら応射した。


 パン! パン! パン! パン!


 四連射で先頭の二人を即座に撃ち抜く。


 敵が叫ぶ。


「Phantomだ! 囲め!」


 零の心が、静かに燃え上がる。


 孤独でもいい。


 一人でも、撃ち続けられる。


 この仮想の世界で、私は「Rei Phantom」として生きる。


 銀髪が風を切り、雨の残り香を纏いながら、零は敵の群れの中に飛び込んでいった。


 二挺の銃が、再び火を噴く。


 戦いは、まだ始まったばかりだった。


(第4話 終わり)

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