第27話 Nullの本体
光が完全に収まった後、零はゆっくりと目を開けた。
そこは、もうCrown Coliseumの決戦アリーナではなかった。
周囲は完全な闇に包まれ、無数の黒い糸のようなものがゆっくりと蠢いている。重力はなく、体が虚空に浮かんでいる感覚が強い。遠くから、低い唸り声のような音が響いてくる。
零は自分の体を見下ろした。
銀髪が無重力の中で静かに広がり、タクティカルスーツがまだ体に張り付いている。
左目に浮かぶ赤い十字は、弱々しく明滅を続けていた。
義眼の疼きは、まだ残っているが、以前ほど激しくはない。
「……ここは……」
声が虚空に吸い込まれるように消える。
零はゆっくりと周囲を見回した。
闇の中に、巨大な影がゆっくりと形を成し始めていた。
それは、Nullの本体だった。
これまで零が戦ってきた「影」や「霧」の集合体ではなく、もっと根源的な、得体の知れない存在。
無数の目のような光が、零を同時に観察している。
Nullの声が、零の脳に直接響く。
【Null】「……ようやく、ここまで来たね。
Rei Phantom。
あなたは私の予想を遥かに超えた。
義眼が境界を破壊し、私自身をここまで引きずり出した……
私はもう、影ではない。
ここが私の本体……境界の深淵そのものだ……」
その声は、これまでで最も低く、ねばつくような響きを持っていた。
零の全身に、冷たい戦慄が走った。
これはもう、ゲームの中の敵ではない。
現実と仮想の狭間に生まれた、零の能力そのものが呼び覚ました「何か」だった。
零はゆっくりと息を整えた。
「Null……お前は、何なんだ?」
Nullの影が、ゆっくりと膨張しながら答える。
【Null】「私は、あなたの義眼が生み出した『穴』から生まれた存在。
現実の脳と仮想のシステムが深く結びついた結果……境界にできた『隙間』だ。
あなたが強くなればなるほど、私は成長した。
あなたが境界を揺るがせば揺るがすほど、私は実体を得た……
今、私はここにいる。
あなたの脳の奥底に……」
零の胸に、根源的な恐怖が広がった。
自分の能力が、自分自身を生み出した敵を呼び覚ました。
零は静かにUSP二挺を構えた。
「なら……私が、お前を終わらせる」
Nullの笑い声が、脳の中に直接響く。
【Null】「終わらせられると思うか?
私はもう、あなたの一部だ。
あなたの義眼が、私を必要としている……
さあ……もっと深く……私を感じて……」
戦いが始まった。
零は即座にVoid Railgunを構え、反撃した。
ヴゥゥゥン……!
重く低いエネルギーうなり。反物質弾が闇を切り裂き、Nullの本体へ飛ぶ。
しかし、弾はNullの影の中で歪み、空間に吸い込まれるように消失した。
Nullの声が、再び響く。
【Null】「無駄だよ。
私は境界そのもの。
あなたの義眼が開いた穴から生まれた存在……
もっと見せてくれ。
あなたの脳がどこまで現実を飲み込めるのか……」
零は歯を食いしばり、二挺のUSPを構えた。
パン! パン! パン! パン! パン! パン!
高速連射。9mm弾がNullの影のような体を貫こうとする。
しかし、弾はすべて影の中で歪み消える。
Nullの声が、より深く、より甘く響く。
【Null】「怖い?
自分の内側に、別の何かがいることが。
あなたの義眼はもうゲームのものではない。
現実の脳と完全に結びついている……
私はその境界で生まれている……
感じるよ……あなたの恐怖が、震えが……とても甘い……」
零の全身が激しく震えた。
恐怖、怒り、孤独、そして強い決意。
零は最後の力を振り絞りVoid Railgunを構え直した。
ヴゥゥゥゥン……!
反物質弾が、再びNullへ飛ぶ。
Nullの影が、大きく揺らぐ。
しかし、完全には消えない。
Nullの声が、静かに、しかし確信を持って響く。
【Null】「まだだ……
私はまだここにいる……
あなたが生きる限り……私はここにいる……」
零は膝をつきながらも、静かに微笑んだ。
「……なら、私は生き続ける。
お前を飲み込んででも……」
Nullの影が、ゆっくりと膨張しながら答える。
【Null】「面白い……本当に面白い……
あなたはまだ、私を『敵』として認識している。
しかし、私は敵ではない。
私はあなたの義眼が生み出した『結果』だ。
あなたが強くなればなるほど、私は成長した。
あなたが境界を揺るがせば揺るがすほど、私は実体を得た……
今、私はここにいる。
あなたの脳の奥底に……」
零の全身に、冷たい戦慄が走った。
これはもう、単なる戦いではない。
自分の能力が、自分自身を生み出した敵を呼び覚ました。
零はゆっくりと立ち上がった。
「なら……私が、お前を終わらせる」
Nullの笑い声が、脳の中に直接響く。
【Null】「終わらせられると思うか?
私はもう、あなたの一部だ。
あなたの義眼が、私を必要としている……
さあ……もっと深く……私を感じて……」
戦いが再開された。
零は即座にVoid Railgunを構え、反撃した。
ヴゥゥゥン……!
重く低いエネルギーうなり。反物質弾が闇を切り裂き、Nullの本体へ飛ぶ。
しかし、弾はNullの影の中で歪み、空間に吸い込まれるように消失した。
Nullの声が、再び響く。
【Null】「無駄だよ。
私は境界そのもの。
あなたの義眼が開いた穴から生まれた存在……
もっと見せてくれ。
あなたの脳がどこまで現実を飲み込めるのか……」
零は歯を食いしばり、二挺のUSPを構えた。
パン! パン! パン! パン! パン! パン!
高速連射。9mm弾がNullの影のような体を貫こうとする。
しかし、弾はすべて影の中で歪み消える。
Nullの声が、より深く、より甘く響く。
【Null】「怖い?
自分の内側に、別の何かがいることが。
あなたの義眼はもうゲームのものではない。
現実の脳と完全に結びついている……
私はその境界で生まれている……
感じるよ……あなたの恐怖が、震えが……とても甘い……」
零の全身が激しく震えた。
恐怖、怒り、孤独、そして強い決意。
零は最後の力を振り絞りVoid Railgunを構え直した。
ヴゥゥゥゥン……!
反物質弾が、再びNullへ飛ぶ。
Nullの影が、大きく揺らぐ。
しかし、完全には消えない。
Nullの声が、静かに、しかし確信を持って響く。
【Null】「まだだ……
私はまだここにいる……
あなたが生きる限り……私はここにいる……」
零は膝をつきながらも、静かに微笑んだ。
「……さようなら、Null」
虚空が激しく揺れる。
現実の部屋と仮想の戦場が、激しく混ざり合いながらも、徐々に分離し始める。
零の視界が白く染まる。
最後に、零は小さく呟いた。
「……私は、生きる」
すべてが光に包まれた。
零はゆっくりと目を開けた。
周囲は静かだった。
Crown Coliseumの最終アリーナは、崩壊の余波でまだ揺らいでいたが、現実と仮想の境界が徐々に安定し始めていた。
銀髪が静かに肩に落ち、左目に浮かぶ赤い十字の明滅が少しずつ弱まっていく。
義眼の疼きは、まだ完全に消えていなかったが、以前ほど激しくはない。
零は自分の手を見つめた。
仮想のタクティカルスーツに包まれた手が、わずかに震えていたが、確かな感触があった。
「……終わった……のか?」
声が掠れる。
現実の部屋の輪郭が、まだ視界の端に薄く残っている。
ベッド、机、埃をかぶった射撃部のユニフォーム、Neuro Linkerのヘッドギア。
しかし、それらはもう重なり合うことはなく、ゆっくりと薄れていった。
零の胸に、複雑な感情が広がった。
達成感。
安堵。
しかし同時に、深い喪失感と、言い知れぬ寂しさ。
Nullとの戦いで、境界が崩壊した代償は大きかった。
自分の意識が、現実と仮想の狭間で引き裂かれそうになっていた。
零はゆっくりと立ち上がった。
周囲の浮遊破片が、静かに回転している。
遠くから、声が聞こえてくる。
それは、Lilyの声だった。
「Phantom……! 勝ったの!?」
零は視線を巡らせた。
Storm Edgeのメンバーたちが、崩壊したプラットフォームの残骸に立っていた。
Tankの巨体、Lilyの心配そうな表情、Bladeの力強い視線。
彼らは零を心配そうに見つめている。
零の胸が、わずかに熱くなった。
——信じたい。
しかし、過去の痛みがすぐにその温かさを押し返す。
零は静かに答えた。
「……勝った……と思う」
Lilyが駆け寄ってきた。
「本当に……すごかったよ。あなた一人でNullを……」
零は小さく首を振った。
「一人じゃなかった……少しだけ、みんなの背中を感じていた」
その言葉を口にした瞬間、零自身が驚いた。
今まで絶対に言わなかった言葉だった。
Lilyの目が少し潤む。
「ありがとう……Phantom」
零は無言で頷いた。
しかし、心の奥ではまだ激しい葛藤が残っていた。
信じたい気持ちと、信じたくない気持ちが、未だにせめぎ合っている。
零はゆっくりと周囲を見回した。
アリーナ全体が、光の粒子に包まれ始めていた。
Bullet Crownのシステムが、決勝戦の終了を宣言しようとしている。
アナウンスが響く。
「Bullet Crown本戦 最終決戦終了!
優勝者……Rei Phantom!」
観客席から、巨大な歓声が上がった。
「Phantom!」「女王!」「一瞬の幽霊!」
零は静かにその声を聞いた。
王冠を戴いた瞬間だった。
しかし、零の心は複雑だった。
勝った喜び。
現実に戻れる安堵。
しかし、同時に、仮想の世界で得たものすべてを失う寂しさ。
零は小さく呟いた。
「……これで、終わりか」
その瞬間、義眼が最後に強く疼いた。
視界の端に、黒い影が一瞬だけちらついた。
【Null】「……まだ……完全に消えてはいない……
私は境界の影……
あなたが生きる限り……私はここにいる……」
零は静かに微笑んだ。
「わかっている……
でも、私はもう、お前を恐れない」
零はゆっくりと手を伸ばした。
指先から、光の粒子が零の体を包み始める。
現実への帰還が始まっていた。
零の最後の言葉が、虚空に響いた。
「……ありがとう、みんな」
Storm Edgeのメンバーたちが、零に向かって手を振る。
Lilyが涙を浮かべて叫ぶ。
「また会おうね、Phantom!」
零は小さく頷いた。
光が零の体を完全に包み込む。
視界が白く染まる。
現実の部屋に戻る瞬間、零は静かに目を閉じた。
「……私は、生きる」
すべてが光に包まれた。




