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『バレット・ファントム ~仮想銃姫の覚醒~』  作者: 蒼狐
第2部 弾道の女王

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第20話 義眼の覚醒

 Crown Coliseumの第七試合アリーナは、「Inner Abyss」と呼ばれる極めて不安定な深層境界マップに設定されていた。


 Rei Phantomは、暗く歪んだ空間の中心に浮かんでいた。

 周囲は完全に崩壊した境界領域で、現実の自分の部屋の壁と仮想の廃墟が溶け合うように混ざり合っている。床が突然天井に変わり、窓の外に広がる灰色の空が、突然自室の天井に切り替わる。重力はほとんどなく、体がゆっくりと浮き上がったり、急に引きずり込まれたりする感覚が、零の仮想の身体を激しく不安定にさせる。


 銀髪が無重力の中で静かに舞い、左目に浮かぶ赤い十字が激しく、狂ったように明滅していた。

 義眼の疼きは、今や激痛を超えた「異物感」に変わっていた。0.3秒の先読みは5秒近くまで伸び、視界が現実と仮想で激しく切り替わる。頭痛が脳を締め付け、思考が乱れ、息が浅くなり、指先が微かに震えていた。


 零の胸に、言い知れぬ恐怖と、強い決意が同時に満ちていた。


 ——義眼が、覚醒している。


 Nullの介入以降、現実と仮想の境界は急速に崩れ始めていた。

 今、この瞬間も、零の視界の端で仮想の廃墟が現実の自分の部屋と完全に重なり、ベッドに横たわる自分の体がはっきりと見える。Neuro Linkerの接続が、脳の深部まで深く食い込んでいるような圧迫感が、絶え間なく零を襲っていた。


 アナウンスが響く。


「第七試合!

 Rei Phantom vs 『Eclipse』再戦!

 開始!」


 敵は、再び黒い霧のようなアバター「Eclipse」だった。

 姿はさらに揺らぎ、輪郭がぼやけ、得体の知れない粘つく気配を強く漂わせている。


 零の義眼が、激しく反応した。


 ——またお前か。


 Eclipseは動かない。ただ、零を静かに見つめている。


 その視線が、零の脳に直接響くような感覚だった。

 冷たく、粘つくような、得体の知れない視線。

 まるで、零の頭蓋骨の内側から、脳の襞の一つ一つを優しく、しかし執拗に舐め回すように観察されているような——不気味な圧迫感。


 零の息が、わずかに乱れた。


 現実の部屋が、再び強く重なる。


 ベッドに横たわる自分の体。右目の義眼が異常に熱を持ち、光っている。Neuro Linkerの接続ランプが異常な速さで点滅している。

 零の現実の脳が、ゲームの深層に引きずり込まれているような——危険な予感。


 零は歯を食いしばった。


 ——来るな。


 戦闘が始まった。


 Eclipseがゆっくりと右手を上げた。


 瞬間、周囲の空間が激しく歪んだ。


 零の視界に、黒くねじれた文字が浮かぶ。


 【観測モード強化……「Phantom」の義眼を直接干渉します】


 その文字は、零の視神経に直接書き込まれるように感じられた。

 冷たい、粘つくような感触が、脳の奥から這い上がってくる。


 零の義眼が、激しく熱を帯びた。


 0.3秒の先読みが、突然乱れる。

 世界がスローモーションになるはずが、逆に加速したり、止まったり、逆再生するような錯覚。


 零の息が荒くなる。


 ——何だ、これは?


 Eclipseの声が、零の脳に直接響いた。


 それは、耳を通さず、頭蓋骨の内側から直接響くような、低く、ねばつくような声だった。


【Eclipse】「……見えているよ。

 あなたの義眼が、現実の脳とどれだけ深く同期しているか。

 今はもう5秒近くまで伸びているね。

 とても……とても甘い……

 あなたの脳の襞が、震えているのが分かる……

 私の指が、あなたの記憶に触れている……」


 その声は、零の思考の中に溶け込むように入り込み、零自身の声のように感じられた。

 冷たく、甘く、得体の知れない粘着質さがあった。


 零の全身に、鳥肌が立った。


 ——私の頭の中に……入ってくるな。


 零は全力でダッシュし、浮遊破片を蹴って距離を取った。


 Void Railgunを構え、Eclipseの位置をロックする。


 ヴゥゥゥン……!


 重く低いエネルギーうなり。反物質弾が歪んだ空間を貫き、Eclipseへ飛ぶ。


 しかし、弾はEclipseの霧のような体の中で歪み、空間に吸い込まれるように消失した。


 Eclipseの声が、再び脳に直接響く。今度はより近く、より粘つくように。


【Eclipse】「無駄だよ。

 私は境界の影。

 あなたの義眼が開いた『穴』から生まれた存在……

 もっと見せてくれ。

 あなたの脳が、どこまで現実を飲み込めるのか……

 私は、その穴の内側から、あなたの記憶を味わっている……

 事故の日の血の匂い……親友の叫び声……とても甘い……」


 零の胸に、根源的な恐怖が広がった。


 この声は、ゲームのチャットではない。

 直接、零の脳に届いている。

 まるで、Eclipseが零の頭蓋骨の中に指を突っ込み、脳を優しく、しかし執拗に撫で回し、記憶の一片一つを舐めているような感覚。


 零は歯を食いしばり、叫んだ。


 「私の記憶を……勝手に触るな!」


 彼女は低くダッシュし、浮遊破片を蹴って距離を詰めた。


 二挺のUSPを構え、至近距離で猛烈な連射を開始した。


 パン! パン! パン! パン! パン! パン! パン!


 サイレンサー付きの小さな乾いた音が連続して響く。9mm弾がEclipseの霧のような体を貫こうとする。


 しかし、弾はすべて霧の中で歪み、消える。


 Eclipseの声が、再び脳に響く。今度はより深く、より甘く。


【Eclipse】「怖い?

 自分の内側に、別の『何か』がいることが。

 あなたの義眼は、もうゲームのものではない。

 現実の脳と深く結びつき始めている……

 私は、その境界で生まれている……

 感じるよ……あなたの恐怖が、震えが……とても甘い……

 もっと、もっと開いてくれ……」


 零の全身が激しく震えた。


 恐怖。

 怒り。

 孤独。

 そして、言い知れぬ喪失感。


 零は最後の力を振り絞り、Void Railgunを構え直した。


 ヴゥゥゥゥン……!


 これまでで最も強いエネルギーうなり。反物質弾が歪んだ空間を切り裂き、Eclipseの中心へ飛ぶ。


 Eclipseは初めて、わずかに動きを止めた。


 弾はEclipseの霧を貫き、空間に大きな黒い穴を開けた。


 Eclipseの声が、少しだけ面白がるように、しかしより深く響く。


【Eclipse】「いい……とてもいい。

 あなたの覚醒が、境界をさらに広げている……

 私は、ずっとここにいるよ。

 Rei Phantom……あなたの脳の奥底まで……

 もっと、もっと深く……開いてくれ……

 私は、あなたの記憶を、すべて味わいたい……」


 戦いは長く続き、零のHPが徐々に削られていく。


 零の心に、激しい感情が渦巻く。


 恐怖。

 怒り。

 孤独。

 そして、強い決意。


 ——私は、誰かの玩具ではない。


 零は最後の力を振り絞り、Void Railgunを構え直した。


 ヴゥゥゥゥン……!


 反物質弾が、再びEclipseへ飛ぶ。


 Eclipseの影が、ゆっくりと後退し、歪んだ空間に溶けていった。


 【境界干渉データ収集完了……次なる段階へ】


 不気味なメッセージが、零の視界だけに表示される。


 零は膝をつき、荒い息を繰り返した。


 銀髪が無重力でゆっくりと舞い、左目に浮かぶ赤い十字が激しく明滅していた。


 HPは残り7%。瀕死に近い。


 零はゆっくりと立ち上がり、歪んだ空間を見つめた。


 境界の揺らぎは、零の能力が現実を侵食し始めている証拠だった。


 零は小さく、しかし強く呟いた。


 「……来るなら、来い。

 私の境界を、好きにはさせない」


 仮想の銃姫は、崩壊する境界の中で、静かに次の戦いへと目を向けた。


 義眼の赤い十字が、闇と光の狭間で強く輝き続けていた。


(第20話 終わり)

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