第16話 チームの絆と亀裂
Crown Coliseumの第三試合アリーナは、巨大な浮遊要塞マップ「Fortress of Storms」に設定されていた。
Rei Phantomは、崩壊した鉄骨の影に身を潜め、息を殺していた。
冷たい雨が銀髪をびしょ濡れにし、額から頰、首筋へと滑り落ちる。唇に触れる雨水は無味だが、湿った金属とコンクリート、硝煙の残り香が混じった空気が肺の奥まで染み込み、息苦しさを増幅させる。タクティカルスーツの生地が体にべっとりと張り付き、雨水が隙間から染み込んで肌を冷やし、仮想の神経を震わせる。
左目に浮かぶ義眼の赤い十字が、激しく明滅を繰り返していた。
0.3秒の先読みは、今や2秒近くまで伸び、視界が現実と仮想で激しく切り替わる。頭痛のような疼きが、脳の奥深くまで響き、零の思考を乱していた。
第三試合は、チーム戦形式だった。
零は「Storm Edge」の残存メンバーと再び組むことになった。
Tank、Lily、Blade、そして二人のサポート。
しかし、零の胸の奥には、強い葛藤が渦巻いていた。
——信じられるのか?
現実の記憶が、何度もフラッシュバックする。
射撃部の合宿所。雨の夜、仲間たちと笑いながら作戦を練った。親友が「零がいれば絶対勝てる」と笑った。あの信頼が、事故で粉々に砕かれた瞬間。血の匂い、痛み、孤独。
零は小さく息を吐いた。雨の冷たさが、肺いっぱいに染みる。
「信じられない……でも、今は……」
その言葉が、胸の中で繰り返される。
戦闘が始まった。
敵チームは、強力な連携を誇る5人組だった。重機関銃を持つタンク、精密スナイパー、近距離アサルトの3人、そして回復役。
ガガガガガガッ!!
敵の重機関銃の猛烈な連射音が雨を圧倒する。大型弾が零の周囲を蜂の巣にし、浮遊鉄骨を粉砕する。
Tankが前面に立ち、シールドを構えた。
「俺が耐える! Phantom、遠距離から頼む!」
零は即座にVoid Railgunを構え、スコープを覗いた。
ヴゥゥゥン……!
重く低いエネルギーうなり。反物質弾が雨を貫き、敵のスナイパーを一撃で蒸発させた。
Lilyが援護射撃を加える。
「いいわ! そのまま!」
零の心に、微かな温かさが芽生える。
——背中を……守られている。
しかし、その温かさに反発する強い拒絶が同時に湧き上がる。
信じてはいけない。
信じたら、また失う。
戦闘は激しさを増していく。
敵の近距離アサルト3人が、零の死角から一気に接近してきた。
タタタタタッ! ドンッ!
サブマシンガンとショットガンの連射。弾が零の周囲を蜂の巣にする。
零は低く身を翻し、二挺のUSPを構えた。
パン! パン! パン! パン! パン! パン!
サイレンサー付きの小さな乾いた音が雨に紛れる。二刀流の高速連射。9mm弾が敵の体を次々と貫く。
しかし、敵の火力は強かった。
零のHPが急激に減少していく。
Tankが叫んだ。
「Phantom、俺の後ろに!」
零は一瞬迷ったが、Tankのシールドの陰に滑り込んだ。
ガガガガガガッ!!
重機関銃の弾がシールドに集中し、火花が散る。TankのHPが徐々に削られていく。
零はシールドの死角からUSPを出し、連射を続けた。
パン! パン! パン! パン!
敵の一人を撃破。
Lilyの声が響く。
「ありがとう、Phantom!」
その言葉が、零の胸を強く刺した。
——ありがとう?
誰かに感謝されることなど、長い間なかった。
現実では、事故の後、誰も零に「ありがとう」と言わなかった。
怜れみの視線だけが、零を包んでいた。
零の目が、一瞬、潤んだ。
しかし、すぐに自分を戒めた。
——甘いな。
信じてはいけない。
戦闘はさらに激化し、零はチームと連携しながら敵を次々と撃破していった。
しかし、戦いが長引くにつれ、零の心の亀裂が大きくなっていた。
Tankが叫ぶ。
「Phantom、左を頼む!」
零は即座に応じた。
パン! パン! パン!
しかし、心の中では別の声が響いていた。
——本当に信じていいのか?
また裏切られるのではないか?
その葛藤が、零の動きをわずかに鈍らせる。
敵のスナイパーがその隙を突いた。
ヴゥン!
精密な一撃が零の左腕を直撃。HPが一気に20%減少する。
激しい痛みが脳を焼く。
零は歯を食いしばり、Void Railgunで即座に反撃した。
ヴゥゥゥン……!
反物質弾が敵スナイパーを蒸発させる。
しかし、痛みと葛藤が零の心を乱していた。
Lilyが心配そうに声をかける。
「Phantom、大丈夫?」
零は無言で頷いた。
しかし、心の中では激しい嵐が吹き荒れていた。
信じたい。
信じたくない。
孤独が怖い。
孤独が安心する。
戦闘はクライマックスを迎え、零は最後の力を振り絞って敵チームを全滅させた。
【敵チーム全滅 勝利!】
アリーナに、静けさが戻った。
零は膝をつき、荒い息を繰り返した。
銀髪が汗と雨水で顔に張り付き、左目に浮かぶ赤い十字が激しく明滅していた。
HPは残り18%。瀕死に近い。
Tankが近づき、優しく声をかけた。
「よくやった、Phantom。お前がいなかったら、勝てなかった」
Lilyも微笑む。
「本当に……ありがとう」
その言葉が、零の胸を強く締め付けた。
零はゆっくりと立ち上がり、チームの顔を見た。
胸の奥で、温かい感情と冷たい拒絶が激しくぶつかり合っていた。
——信じたい。
しかし、過去の痛みが零を強く縛る。
零は静かに呟いた。
「……ありがとう、と言える日が来るといいな」
その言葉は、雨音に紛れて小さく消えた。
義眼の疼きが、再び強くなる。
視界の端に、黒い影が一瞬だけちらついた。
【Null】
謎の影は、静かに零の成長と葛藤を観測し続けていた。
銀髪の少女は、チームの影に守られながらも、心の奥で激しい亀裂を抱えていた。
戦いは、まだ続く。
(第16話 終わり)




