第13話 本戦開幕 ~女王の舞台~
Bullet Crown本戦の開会式は、仮想空間に構築された巨大な浮遊都市「Crown Coliseum」で行われた。
Rei Phantomは、銀髪を風に揺らしながら、広大な円形アリーナの中央に立っていた。
周囲は十数万人の観客席で埋め尽くされ、歓声と拍手が仮想の空を激しく震わせている。無数の光の粒子が舞い上がり、巨大なホログラムスクリーンに各選手のハイライト映像が次々と映し出されている。人工的な青空の下、遠くに浮かぶ雲がゆっくりと流れ、風が零の銀髪を優しく、しかし力強く撫でる。
零の胸に、強い緊張と高揚が同時に満ちていた。
左目に浮かぶ義眼の赤い十字が、静かに、しかし激しく輝いている。
疼きは第1部を終えた今も収まらず、時折、視界の端が現実の薄暗い部屋と重なる。Neuro Linkerの接続が、脳の深部まで深く食い込んでいるような圧迫感が、絶え間なく零を襲っていた。
——ここが、本当の舞台。
新人として強制エントリーされ、予選を1位で突破した零は、今や「一瞬の幽霊」として大会の目玉選手の一人となっていた。
観客の歓声の中に、「Phantom!」というコールが何度も響く。銀髪の少女が、静かにその声を聞いていた。
アナウンスが、巨大なスピーカーから荘厳に響き渡る。
「ようこそ、Bullet Crown本戦へ!
今年の参加者は128名。全員が、仮想の頂点を狙う強者ばかりです!
特に注目は、新人ながら予選を圧倒した『一瞬の幽霊』Rei Phantom!
彼女は、雪華、ガルドといった強敵を退け、本戦に進出しました!
予選での彼女の戦いは、歴代最高レベルの驚異と称されています!」
観客席から、大きなどよめきと熱狂的な歓声が上がる。
「Phantom!」「幽霊女王!」「銀髪の怪物!」というコールが、次々と響き渡る。
零は無表情のまま、周囲を見回した。
遠くの選手席に、雪華の姿が見えた。白を基調としたタクティカルスーツに身を包み、長い黒髪をポニーテールにまとめた少女が、青い瞳で零を静かに見つめている。唇に、わずかな挑戦的な微笑が浮かんでいる。
反対側には、ガルドの巨体。厚い装甲を纏い、重機関銃を肩に担いだ巨漢が、零を睨みつけていた。
その視線には、予選での敗北に対する強い復讐心と、戦士としての敬意が混じっている。
さらに、少し離れた場所に、チーム「Storm Edge」の面々がいた。Lilyが小さく手を振り、Bladeが力強く頷いている。Tankの巨体も、零に向かって静かに頭を下げていた。
零の胸に、複雑な感情が渦巻いた。
高揚。
緊張。
不安。
そして、わずかな——温かさ。
現実では失ったものを、ここで取り戻そうとしてきた。
しかし、この大舞台に立った瞬間、零は初めて「自分は本当に勝てるのか」という疑問を抱いた。
雪華という強敵、ガルドという壁、チームの影、そして謎のNullの存在——すべてが、零を試そうとしている。
義眼の疼きが、再び強くなる。
赤い十字の明滅が速くなり、視界の端が現実の部屋と重なる。
ベッドに横たわる自分の体。Neuro Linkerのランプが異常な速さで点滅している。
零は小さく息を吐き、歯を食いしばった。
——集中しろ。ここは、戦場だ。
アナウンスが続く。
「では、第一試合の組み合わせを発表します!」
巨大スクリーンに、対戦カードが次々と表示される。
そして、零の名前が大きく映し出された。
【第1試合 Rei Phantom vs 雪華】
観客席から、大きなどよめきと熱狂的な歓声が上がった。
零の唇に、薄い、しかし冷たい微笑が浮かんだ。
「……待ってたよ」
雪華の視線が、遠くから零を捉える。
二人の視線が、広大なアリーナの空間を超えて交錯した。
雪華が、ゆっくりと口を開いた。声はチャットではなく、直接零の耳に届くようにシステムが調整されている。
【雪華】「ようやく、本気で戦えるわね。Rei Phantom」
零は静かに答えた。
「……ああ」
開会式が終了し、選手たちはそれぞれの待機エリアへ移動する。
零は一人で控室のような空間に移動した。
壁一面にホログラムが映し出され、自分のこれまでの戦績が流れている。雨の中の接近戦、Void Railgunの長距離一撃、ガルドとの死闘、予選最終戦での三つ巴……すべてが、ハイライトとして繰り返し再生されている。
零は壁に背を預け、ゆっくりと目を閉じた。
心臓の鼓動が、静かに速くなる。
現実の記憶が、再びフラッシュバックする。
事故の後、病室で一人で天井を見つめていた日々。
右目の義眼の疼き。外に出られない部屋。失われた未来。
ここでは、違う。
ここでは、撃てる。
勝てる。
生きられる。
しかし、同時に——危険な予感もあった。
義眼の異変は、日を追うごとに深刻になっている。
0.3秒の先読みは、今や1秒近くまで伸びることもある。現実と仮想の境界が、ぼやけ始めている。
零は小さく呟いた。
「……まだ、持てるか」
そのとき、控室のドアがノックされた。
入ってきたのは、Lilyだった。
「Phantom……大丈夫? 第一試合が雪華相手なんて、運が悪いわね」
零は静かに首を振った。
「運じゃない。必然だ」
Lilyは少し心配そうに零を見つめた。
「私たちも応援してるよ。チームはもうバラバラだけど……あなたが勝ってくれたら嬉しい」
零は無言で頷いた。
Lilyが去った後、零は一人になった。
義眼の疼きが、再び強くなる。
視界の端に、黒い影が一瞬だけちらついた。
【Null】
謎の存在は、静かに零を観測し続けている。
零はゆっくりと二挺のUSPを構え、鏡に映る自分の姿を見つめた。
銀髪の少女。赤い十字の義眼。冷たい表情の下に、燃えるような決意。
——私は、女王になる。
アナウンスが響く。
「第一試合、開始まであと5分です!」
零は深く息を吸い、吐いた。
雨の記憶、ガルドの壁、雪華の照準、チームの影——すべてが、零をここまで導いた。
今、仮想の銃姫は、本当の戦いの舞台に立っていた。
アリーナの扉が開く。
零は静かに歩き出した。
銀髪が光に輝き、義眼の赤い十字が強く光る。
本戦開幕。
女王の戦いが、今、始まる。
(第13話 終わり)




