筆影の巨人、海を渡る 第3話:一夜にして築かれた山
作者のかつをです。
第十五章の第3話、物語のクライマックスです。
今回は孤独な巨人が自らの身を山へと変え、そして人間として生まれ変わる奇跡の物語を描きました。
筆影山が「寝仏山」とも呼ばれる、その由来を幻想的に解釈してみました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
巨人が深い眠りについてから、どれくらいの時が流れたのか。
彼が創り上げた美しい山は、静寂に包まれていた。
麓の人間たちはあの恐ろしい巨人が眠りについたことを喜び、そして次第にその存在さえも忘れ去っていった。
ただ子供たちの間で、「あの山には昔、大きな鬼が住んでいた」というおとぎ話として語り継がれるだけだった。
だが巨人の眠りは、穏やかではなかった。
彼は夢を見ていた。
自分が人間たちと笑い合い、共に暮らしている夢を。
夢の中で彼はもはや巨大な化物ではなかった。
人間と同じ大きさの身体を持ち、彼らの言葉を話していた。
「……ああ。……わしもあのようになりたい」
眠りながら巨人は呻いた。
その心の底からの切実な願いが、奇跡を起こしたのかもしれない。
ある夜のこと。
巨人の巨大な身体がにわかに光を放ち始めた。
そしてその身体は少しずつ、少しずつ土に石に、そして木々に姿を変えていったのだ。
彼が仰向けに寝ていたその姿のままに。
頭は丸い丘となり、胸はなだらかな稜線となった。
高く突き上げていた膝は、天を指す鋭い峰となった。
夜が明けた時。
麓の人間たちは、信じられない光景を目の当たりにした。
昨日までそこにあったはずの美しい円錐形の山が、一夜にしてその姿を変えていたのだ。
まるで巨大な人間が仰向けに寝ているかのような、奇妙な形の山脈に。
「……山の神様が、お姿を現されたのだ!」
人々はそのあまりに神々しい光景に、ひれ伏し祈りを捧げた。
そしてもう一つの奇跡が起きていた。
山の麓の浜辺に、一人の見知らぬ青年が倒れていたのだ。
青年は記憶を失っていた。
自分の名前もどこから来たのかも分からない。
ただその身体には人並外れた力が宿っており、その瞳はまるで全てを見通すかのように深く澄んでいた。
人々は彼を山の神の化身か、あるいは巨人から生まれた特別な人間だと考え、敬意を持って迎え入れた。
青年は人々の間で暮らし始めた。
彼は人々に火の使い方をより巧みに操る方法を教え、丈夫な家の建て方を教えた。
そして何よりも彼は、人々に歌と物語を教えた。
彼の語る物語はいつも遠い海の向こうの、まだ見ぬ世界の話だった。
人々は彼の話に夢中になり、自分たちが生きるこの世界がいかに広く、そして素晴らしいものであるかを知った。
青年は孤独ではなかった。
彼は生まれて初めて他者と笑い合い語り合い、そして共に生きる喜びを知った。
彼の夢は叶ったのだ。
だが彼にはまだ果たさなければならない役目が残されていることを、彼自身はまだ気づいていなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
日本各地の創世神話には、神や巨人が自らの身体を大地や山河に変えるというモチーフがしばしば登場します。
それは自然そのものが神聖なものであるという、古代の人々の世界観の表れなのでしょう。
さて、人間として生まれ変わり幸せを手に入れた巨人。
しかし彼の物語はまだ終わりではありませんでした。
いよいよ第十五章、感動の最終話です。
次回、「巨人が遺したもの(終)」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




