塩田の終焉と浜子の決断 第7話:潮風に消えた唄(終)
作者のかつをです。
第十四章の最終話です。
時代の流れと共に失われていく風景。
しかしその土地の記憶は形を変え、確かに次の世代へと受け継がれていく。
この物語のテーマである「過去と現代の繋がり」を、改めて感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
辰夫が亡くなってから、さらに長い年月が流れた。
彼が守り抜いた三原の最後の塩田もやがてその役目を終え、今はその跡地に小さな石碑と説明板が残るのみとなっている。
息子の昭一はその後も工場勤めを続け、定年まで勤め上げた。
彼は父のように塩を作ることはなかったが、生涯故郷の歴史を語り継ぐことを自らの使命とした。
地元の郷土史研究会で中心的な役割を果たし、彼がまとめた塩田の記録は町の貴重な財産となった。
そして彼が何よりも大切にしたのが、父から受け継いだあの「浜子唄」だった。
彼は機会があるごとにその唄を歌い、録音し楽譜に残した。
「……この唄だけは絶やしちゃいけん。……これはわしらのじい様たちが生きてきた証なんじゃからな」
それが彼の口癖だった。
……時代は流れ、平成、そして令和へ。
かつて塩田が広がっていた海岸線は、すっかりその姿を変えてしまった。
埋め立てられ新しい道路が通り、近代的な建物が立ち並ぶ。
ある夏の夕暮れ。
その海岸沿いの公園で地元の中学校の吹奏楽部が、小さなコンサートを開いていた。
演奏されている曲は、この三原の地に古くから伝わる民謡をアレンジした新しい楽曲だという。
そのメロディーはどこか物悲しく、しかしどこまでも力強く、そして優しかった。
それはあの浜子唄の旋律だった。
聴衆の中には車椅子に乗った一人の老人の姿があった。
昭一だった。
彼は涙を浮かべながら、その懐かしい旋律に静かに耳を傾けていた。
塩田は消えた。
塩作りの技も失われた。
だがそこに生きた人々の魂は唄となって残り、そして形を変えて確かに次の世代へと受け継がれていたのだ。
演奏が終わると、大きな拍手が沸き起こった。
昭一は夕日に染まる穏やかな瀬戸内海を眺めていた。
その潮風の中に彼は確かに聞いた気がした。
頑固で不器用だった父の、そしてそのまた父である誇り高き浜子たちの力強いあの唄の声を。
(第十四章:最後の浜は消えない ~塩田の終焉と浜子の決断~ 了)
第十四章「最後の浜は消えない」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
実際に各地で行われた塩田の保存運動は、必ずしも全てが成功したわけではありません。
しかしその想いは記録や文化活動として、今も確かに生き続けています。
さて、昭和の産業の光と影を描きました。
次回は物語の舞台をぐっと古代へと遡ります。
この三原の土地がまだ形を成さない、神話の時代の物語です。
次回から、新章が始まります。
第十五章:筆影の巨人、海を渡る
三原の美しい多島美の風景はどのようにして生まれたのか。
一人の孤独な巨人の視点からこの土地の創生を描く、壮大な幻想奇譚です。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十五章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




