塩田の終焉と浜子の決断 第6話:最後の釜焚き
作者のかつをです。
第十四章の第6話をお届けします。
今回は物語のクライマックス。
絶体絶命の状況から一人の役人の機転と親子の熱意が、奇跡を生み出す感動的な場面を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
昭一の魂の叫びと、父・辰夫が作り上げた塩の味。
それは確かに役人たちの心を動かした。
「……分かりました」
塩を口にした若い役人が、静かに口を開いた。
「……国が決めた法律を我々が曲げることはできない。……この塩田を公式に残すことは不可能です」
辰夫と昭一の顔に、絶望の色が浮かぶ。
「……ですが」
役人は言葉を続けた。
「……この素晴らしい伝統の技と味を、このまま絶やしてしまうのはあまりにも惜しい。……一人の日本人としてそう思います」
役人はしばらく考え込んだ後、一つの提案をした。
「……辰夫さん。……この塩田を町の文化財として後世に残すという道はないでしょうか。……生産施設としてではなく、かつての三原の暮らしを伝えるための教育施設としてです」
それは誰もが思いもよらなかった、逆転の発想だった。
「文化財として……?」
「はい。……そうすれば国も無下に壊せとは言えんでしょう。……もちろんこれまでのように大量に塩を作り商売をすることはできなくなります。……ですがこの技と歴史を未来の子供たちに伝えていくことはできる。……どうでしょうか」
辰夫は言葉も出なかった。
ただ昭一の顔を見た。
昭一は涙を浮かべながら、力強く頷いていた。
その役人の尽力により、話はとんとん拍子で進んだ。
三原の最後の塩田は「郷土文化保存施設」として、奇跡的にその姿を留めることが決まったのだ。
そしてその数年後。
辰夫はもはや現役の浜子ではなかった。
彼は地元の小学校の子供たちを前に、塩田の先生として立っていた。
「えー、これがな昔塩を作りよった釜じゃ。……わしのじい様のそのまたじい様から受け継いできた宝物でのう……」
目を輝かせながら話に聞き入る子供たち。
その隣では息子の昭一が、優しく微笑みながら父の話を補佐している。
ある日、授業が終わった後。
一人の女の子が辰夫の元に駆け寄ってきた。
「おじいちゃん! 昔の人が歌ってた唄、歌って!」
辰夫は照れくさそうに笑った。
そして久しぶりに、あの唄を口ずさんだ。
「三原ナー 塩浜ヨー 地獄の浜よ」
「朝はナー まんがに 夜は釜焚き ヨーイトナー」
その物悲しく、しかし力強い唄は夕暮れの塩田に、どこまでもどこまでも響き渡っていった。
それはもはや失われた過去の唄ではなかった。
未来へと確かに繋がっていく、希望の唄だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
守るべき伝統とは何か。
時には形を変え役割を変えてでも、その魂を未来に伝えていくことの大切さ。
そんなメッセージを込めてみました。
さて、奇跡的にその姿を留めることになった塩田。
この物語もいよいよ最終話を迎えます。
次回、「潮風に消えた唄(終)」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




