塩田の終焉と浜子の決断 第5話:浜子の抵抗
作者のかつをです。
第十四章の第5話をお届けします。
今回は物語のクライマックス。
時代の非情な決定の前に主人公たちが自らの誇りを懸けて最後の抵抗を試みる場面です。
息子の昭一の魂の叫びを描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
父と子の秘密の塩作りは、それから数年間続いた。
昼間は工場で働き、夜は塩田で父から技を学ぶ。
昭一の生活は楽ではなかったが、不思議と充実していた。
父・辰夫の顔にも以前の生気が戻っていた。
自らの技と魂を受け継ぐ者が現れた。
その喜びが何よりの薬となっていたのだ。
昭一は驚くべき速さで塩作りの技を吸収していった。
それは彼が子供の頃から無意識のうちに、父の仕事の姿を目に焼き付けてきたからかもしれなかった。
「……昭一。お前はもう一人前の浜子だ。……わしよりもええ塩を作るかもしれんな」
ある日釜屋で塩の出来栄えを見ていた辰夫が、ぽつりとそう呟いた。
それは頑固な父からの最大の賛辞だった。
昭一は照れくさそうに頭を掻いた。
だが、そんな穏やかな日々も永遠には続かなかった。
国が定めた塩田の完全撤廃の期日が、刻一刻と迫っていたのだ。
もはや隠れて塩を作り続けることも限界だった。
そしてついに最後の日がやってくる。
その日、辰夫と昭一はこれが最後となる塩を釜から上げた。
雪のように白く美しい見事な一番塩だった。
「……終わったな」
辰夫が寂しそうに呟く。
その時だった。
釜屋の戸口に数人の人影が現れた。
役場の職員たちだった。
「……辰夫さん。……やはりここで塩を作り続けておられましたか」
職員の一人が咎めるような、しかしどこか悲しそうな目で言った。
近隣からの密告があったのだろう。
「……申し訳ございません。……全ての責任はわしにあります。……息子は関係ない」
辰夫が覚悟を決めて前に進み出ようとした、その時。
「待ってください!」
昭一が大声で叫んだ。
そして彼は、驚くべき行動に出た。
彼は出来上がったばかりの塩を一つかみ手に取ると、役人たちの前に差し出した。
「……これを、見てください。……そして味わってみてください」
役人たちは戸惑った。
「これが俺の親父がじい様が、何百年と守り続けてきた三原の塩の味です。……国が決めた効率だの近代化だのいう理屈では決して生み出すことのできない、潮と太陽とそして人間の魂が入った味です」
昭一の声は震えていた。
だがその瞳はまっすぐに、役人たちを見据えていた。
「……この味がこのままなくなって本当にいいんですか。……この土地の宝が消えてしまって本当にいいんですか。……俺は嫌だ。……この味を俺は未来に残したい。……どうかお願いします!」
昭一はその場に土下座し、深々と頭を下げた。
役人たちは何も言えなかった。
ただ顔を見合わせるだけだった。
その若い役人の一人がおそるおそる、昭一の手のひらから塩を一つまみ口に入れた。
そして驚いたように目を見開いた。
しょっぱい。
だがその奥に確かに感じられる深い甘みと旨み。
それは彼がこれまで口にしたどんな塩とも違う、生命力に満ちあふれた味だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
理屈や効率では計ることのできない文化の価値。
昭一の行動は、そのことを私たちに問いかけているのかもしれません。
そしてその想いは、一人の役人の心を動かしました。
さて、彼らの必死の抵抗は実を結ぶのでしょうか。
いよいよ物語は大きな奇跡へと向かっていきます。
次回、「最後の釜焚き」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




