塩田の終焉と浜子の決断 第4話:廃止の通告
作者のかつをです。
第十四章の第4話をお届けします。
今回は一度はすれ違った父と子の心が再び一つになる、感動的な場面を描きました。
失われる運命にあるものだからこそその価値を未来に伝えたい。
そんな親子の想いを感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
役場からの帰り道。
辰夫の足取りは、鉛のように重かった。
塩田の廃止。
頭では理解しようとしても、心がついていかない。
明日から自分は、何を支えに生きていけばいいのか。
家に帰り着くと息子の昭一が、神妙な面持ちで座っていた。
その隣には工場の作業着を着た、見知らぬ男が一人いる。
昭一が勤める工場の工場長だった。
「……親父。……話がある」
昭一はゆっくりと口を開いた。
「役場からの話は聞いた。……もうどうにもならねえことなんだろ」
「……ああ」
「……だったらよ。……俺に親父の塩作りを、一から教えてはくれねえか」
その思いもよらない言葉に、辰夫は我が耳を疑った。
「……何を馬鹿なことを言ってるんだ。この仕事はもう終わりなんだぞ」
「分かってる。だからこそだ」
昭一はこれまで見せたことのない、真剣な目で父を見据えた。
「俺は今まであんたの仕事を分かろうともしなかった。ただ古臭い儲からねえ仕事だと思ってた。……でも違ったんだな。……あんたがじい様が守ってきたこの塩には、金だけじゃ計れねえ何かがある。……それをこのまま誰にも知られずに終わらせちまうのは、俺は嫌だ」
工場長が口を挟んだ。
「辰夫さん。……わしも昭一君から話は聞きました。……わしらの工場でも製品の加工に塩は使うとる。……もしよろしければ、あんたが作るその伝統の塩を、うちの工場で使わせてはもらえんでしょうか。……もちろん国には内緒でです。……ささやかな抵抗というやつですかな」
工場長はそう言うと、人の良さそうな笑顔を見せた。
辰夫は何も言えなかった。
ただ熱い何かが、胸の奥からこみ上げてくるのを感じていた。
分かってくれていた。
息子の昭一も、そしてこの工場長も。
自分が守ろうとしてきたものの価値を、分かってくれていたのだ。
その日から三原の片隅で、小さな、しかし確かな抵抗が始まった。
表向き塩田は廃止されたことになっている。
だが辰夫は息子と二人、夜明け前から浜に立ちこれまでと変わらず塩を作り続けた。
昭一は工場での仕事が終わると急いで塩田へと駆けつけ、慣れない手つきで父の仕事の手伝いをした。
父から子へ。
失われようとしていた技と魂が、確かに受け継がれていく瞬間だった。
それは決して長くは続かないささやかな抵抗かもしれない。
だが二人にとってそれは、何物にも代えがたい誇り高い戦いだった。
辰夫の心には久しぶりに、祖父のあの浜子唄が力強く響いていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
時代の大きな流れに抗うことはできなくとも、その中で自分たちの誇りを守り抜こうとする人々の姿は胸を打ちます。
さて、父の想いを受け継ぐことを決意した昭一。
彼らのささやかな抵抗は、やがて一つの奇跡を生むことになります。
次回、「浜子の抵抗」。
(※構成案のサブタイトルを、より内容に沿ったものに修正しました)
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