塩田の終焉と浜子の決断 第3話:近代化の波
作者のかつをです。
第十四章の第3話をお届けします。
今回は塩田の歴史に決定的な終止符を打った、「塩業近代化臨時措置法」という史実を物語に取り入れました。
国策という抗うことのできない大きな力の前で翻弄される人々の、無念と怒りを描いています。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その年の秋。
一本の電話が辰夫の家にかかってきた。
電話などまだ珍しい時代。
近所の有力者の家にかかってきたその電話は、役場からの呼び出しだった。
「……塩田をやっている者たちに、大事な話がある、とよ」
その知らせに辰夫は嫌な予感を感じながらも役場へと足を運んだ。
役場の小さな会議室には辰夫と、そしてすでに廃業した他の元・浜子たちが数人集められていた。
皆不安そうな顔で押し黙っている。
やがて現れた役場の職員は、一枚の書類を読み上げ始めた。
「……えー、これは国からの決定事項です。……我が国の塩業の国際競争力を高めるため、『塩業近代化臨時措置法』が制定されました。……これに伴い昔ながらの入浜式の塩田は、効率の観点から全面的に廃止し、今後は最新のイオン交換膜法による工場生産に一本化することが決定いたしました」
会議室が凍りついた。
廃止。
その一言が、まるで死刑宣告のように響き渡った。
「……な、何を馬鹿なことを!」
誰かが叫んだ。
「国が決めたことじゃ言うて、わしらの暮らしをどうしろ言うんじゃ!」
「わしらはこの仕事しか知らんのじゃぞ!」
元・浜子たちの怒号が飛び交う。
だが役場の職員は冷たく言い放った。
「……もちろん補償はいたします。……また希望者には工場での仕事を斡旋することも可能です。……これも日本の発展のため。……どうかご理解ください」
辰夫は何も言えなかった。
怒りよりも、深い深い無力感が彼を支配していた。
国が決めたこと。
その一言の前では、自分たちのようなちっぽけな人間の誇りも歴史も何の意味も持たない。
その夜、辰夫は荒れた。
家に帰るなりちゃぶ台をひっくり返し、壁に拳を叩きつけた。
「……何が近代化だ! 何が日本の発展だ! ……じい様すまねえ。……わしはこの浜を守れんかった……」
子供のように声を上げて泣きじゃくる父の姿を、息子の昭一は初めて見た。
いつも厳格で山のように大きく見えた父。
そのあまりにも小さく、弱い背中。
昭一の胸にちくりと痛みが走った。
自分はこれまで父の仕事の価値を分かろうともせず、ただ古い儲からない仕事だと決めつけていた。
だが父が守ろうとしていたのは、ただの仕事ではなかった。
この土地の歴史そのものだったのだ。
そのかけがえのないものが今、国という巨大な力の前でいとも簡単に消し去られようとしている。
昭一は何も言わずに家を飛び出した。
そして闇の中一人、父が愛した塩田の前に立った。
潮騒だけが静かに響いている。
その音を聞きながら昭一の心の中で、何かが大きく変わり始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
実際にこの法律によって日本の伝統的な塩田は、昭和46年(1971年)までに全て姿を消すことになりました。
日本の食文化を支えてきた一つの歴史が、幕を閉じた瞬間でした。
さて、絶望に打ちひしがれる父の姿を目の当たりにした息子・昭一。
彼は父の想いを理解し、ある行動に出ます。
次回、「廃止の通告」。
(※話数構成案のサブタイトルを、より内容に沿ったものに修正しました)
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