塩田の終焉と浜子の決断 第2話:祖父の唄
作者のかつをです。
第十四章の第2話をお届けします。
今回は主人公・辰夫の心の拠り所である祖父との思い出と、そこに込められた「浜子唄」をテーマに描きました。
世代間の価値観の違いと、それによって生じる親子の葛藤。
普遍的なテーマに迫ります。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
昭一と口論になったその夜。
辰夫は一人縁側で月を見ながら、酒をあおっていた。
息子の言葉が重く胸にのしかかる。
「こんな儲かりもしねえ仕事」
その一言が、辰夫の誇りを深く傷つけていた。
昭一には分かるまい。
この仕事の本当の価値が。
金では計ることのできない何かが、ここにはあるのだ。
酒を飲むと決まって思い出すのは、今は亡き祖父・清治のことだった。
清治は明治の激動の時代を生き抜き、この塩田を守り抜いた偉大な浜子だった。
辰夫がまだ子供だった頃。
祖父はよく釜屋で塩を炊きながら、古い浜子唄を歌ってくれた。
「沖のナー カモメにヨー 潮時問えばヨ」
「わしゃナー 立つ鳥 波に聞け ヨーイトナー」
その物悲しく、しかしどこか力強い旋律。
「じいちゃん、その唄は何の唄なの?」
幼い辰夫が尋ねると、祖父は目を細めて答えた。
「……これはなわしらの魂の唄よ。……昔々、わしのじい様の時代からこの浜で歌い継がれてきた唄だ。……辛い時も悲しい時もこの唄を歌えば、不思議と力が湧いてくる。……そしてなこの唄を歌っている限り、わしらはただの塩作りではねえ。この浜の歴史を背負って立つ浜子になれるんじゃ」
祖父はそう語った。
「……辰夫。お前もいつかこの浜を継ぐ日が来る。……その時はこの唄を忘れるな。……この唄こそが、わしらの誇りの証なんじゃからな」
辰夫はその言葉を、今もはっきりと覚えていた。
自分はただ塩を作っているのではない。
祖父から受け継いだこの浜の歴史と誇りを、守っているのだ。
その自負が彼を支えていた。
だがその誇りももはや時代の前では、ただの意地に過ぎないのかもしれない。
息子にはその想いは届かない。
それどころか、ただの頑固な年寄りの戯言としか思われていない。
寂しさと悔しさが込み上げてくる。
辰夫はかすれた声で、久しぶりにあの唄を口ずさんだ。
「三原ナー 塩浜ヨー 地獄の浜よ」
「朝はナー まんがに 夜は釜焚き ヨーイトナー」
唄は夜のしじまに、虚しく吸い込まれていった。
その背後で息子の昭一が、襖の隙間から静かにその姿を見つめていることに辰夫は気づかなかった。
昭一の顔には父への反発とは違う、複雑な表情が浮かんでいた。
二つの世代の心はすれ違ったまま、時は無情に過ぎていこうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
唄や祭り、あるいは味。
形のない文化の継承はいつの時代も難しい問題をはらんでいます。
特にそれが経済的な豊かさに結びつかない場合、その価値はなかなか理解されにくいものなのかもしれません。
さて、頑なな父の姿に複雑な想いを抱く息子・昭一。
そんな彼らの元に、国からの非情な通達が届きます。
次回、「近代化の波」。
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