塩田の終焉と浜子の決断 第1話:昭和の塩田
作者のかつをです。
新しい構成案に基づき、本日より第十四章「最後の浜は消えない ~塩田の終焉と浜子の決断~」の連載を開始します。
この物語は第六章「白いダイヤは潮の味」の、いわば続編となります。
かつて町の基幹産業であった塩田が近代化の波に飲み込まれ、その役目を終えようとするその最後の瞬間を、一人の頑固な浜子の視点から描きます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県三原市の沿岸部。
高度経済成長の波に乗り町が活気と煙に満ちあふれていた昭和三十年代。
その近代的な工場のすぐそばでは、まるで時代から取り残されたかのように江戸時代と変わらぬ風景がまだ広がっていた。
入浜式の塩田である。
かつてこの国の食を支え藩の財政を潤した塩作りも、今や斜陽の産業となっていた。
安価な外国産の塩、そして効率的な化学製法。
新しい時代の波は、古くからの伝統的な塩田を容赦なく飲み込もうとしていた。
これは時代の大きなうねりの中で、それでも最後まで先祖代々の土地と技を守り抜こうとした最後の浜子の、誇りと哀しみの物語である。
◇
昭和三十五年、夏。
塩田には相変わらず容赦のない太陽が照りつけていた。
浜子の辰夫は汗だくになりながら黙々とまんがを引き、鹹砂を掻き集めていた。
齢は六十を過ぎ、その背中は深く曲がっている。
だがその腕は丸太のように太く、日に焼けた顔の奥の瞳だけが鋭い光を放っていた。
辰夫はこの浜で生まれこの浜で育った、生粋の浜子だった。
彼の祖父はかつてこの辺りで一番の塩を作ると言われた名浜子、清治。
辰夫もまたその血を受け継ぎ、彼の作る塩は今も昔ながらの味を知る料亭などから高い評価を得ていた。
だが時代の流れは残酷だった。
かつてはこの三原の沿岸に何十軒と軒を連ねていた塩田も、今では辰夫の一軒を残すのみとなっていた。
他の浜子たちは皆廃業し、工場の労働者になったり都会へと出ていったりした。
「親父。もういい加減、潮時じゃねえのか」
昼餉の握り飯を食べながら、息子の昭一がぽつりと呟いた。
昭一は辰夫とは違い、町の工場に勤めていた。
休日だけこうして年老いた父の仕事の手伝いに来ている。
「……何が潮時だ」
辰夫は息子の顔を見ずに、吐き捨てるように言った。
「こんな儲かりもしねえ仕事、いつまで続けるんだ。俺も工場長から親父さんもうちにこないかって誘われてるんだぜ。こっちの方がよっぽど楽で給金もいい」
「……黙れ」
辰夫の低い声に、昭一は口をつぐんだ。
分かっている。
息子の言うことが正しいことは、辰夫自身が一番よく分かっていた。
この仕事に未来などない。
ただ意地と誇りだけで続けているに過ぎない。
だが彼にはどうしても辞めることができなかった。
この塩田はただの仕事場ではない。
祖父が曾祖父が、そのまた前のご先祖様たちが何百年と守り続けてきた魂の場所なのだ。
潮の香り。
太陽の熱さ。
そして釜屋で聞いた、じいちゃんのあの物悲しい浜子唄。
その全てが、辰夫の身体に深く染み付いていた。
それを自らの代で終わらせてしまうことなど、できるはずもなかった。
辰夫は何も言わずに立ち上がると、再びまんがを手にした。
じりじりと肌を焼く太陽。
どこまでも続く白い砂浜。
その変わらない風景の中で、一つの時代の終わりが静かに、しかし確実に近づいてきていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十四章、第一話いかがでしたでしょうか。
高度経済成長期は新しいものが次々と生まれ、日本が豊かになっていった時代でした。
しかしその裏側では、古くからの伝統や文化が数多く失われていった時代でもありました。
今回はその光と影を描きました。
さて、時代の流れに抗う辰夫。
彼は幼い頃に聞いた祖父の唄を思い出します。
次回、「祖父の唄」。
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