復興のバラック、希望の味 第6話:私の町の味(終)
作者のかつをです。
第十三章の最終話です。
一人の女性のささやかな善意が多くの人々の心を動かし、やがて町の復興の力となっていく。
そしてその想いが形を変えながらも、現代に受け継がれていく。
この物語のテーマである「過去と現代の繋がり」を、改めて感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
数ヶ月後。
闇市の片隅に、一軒の真新しい小さな食堂が完成した。
白木のカウンター。磨き上げられた床。
そして入り口には健さんの手による、立派なケヤキの看板が掲げられていた。
『食事処 とみ』
その開店の日。
店には健さんや正一をはじめこの店を建てた闇市の仲間たち、そしてその家族たちが集まり、盛大な祝いの宴が開かれた。
主役はもちろん、お富さんが作る料理だった。
大きな鍋には相変わらず名物のあら汁が湯気を立てている。
大皿には瀬戸内で獲れた魚の煮付けや、季節の野菜の煮物が山のように盛られていた。
どれも特別な高級な食材を使った料理ではない。
だがその一品一品に、食べる人の身体を気遣うお富さんの温かい心がこもっていた。
「うめえ!」
「お富さんの味は日本一だ!」
男たちの歓声と子供たちの笑い声が、新しい店の中に響き渡る。
お富さんはその光景をカウンターの中から、ただ黙って見つめていた。
その目には涙が浮かんでいたが、その口元は確かに微笑んでいた。
空襲で夫と息子を失った時。
彼女の人生は一度終わったはずだった。
だが自分は今ここにいる。
こんなにも多くの温かい人々に囲まれて。
失った家族とは違う。
だがこれもまた、かけがえのない自分の新しい家族の形なのかもしれない。
……それから長い年月が流れた。
三原の町はすっかり近代的な都市へと姿を変え、かつての闇市の面影はもうどこにもない。
お富さんの小さな食堂も、彼女が亡くなると共にその暖簾を下ろした。
だが不思議なことに、彼女が作り出した「味」だけはこの町に生き続けていた。
健さんが始めた運送会社の社員食堂の名物は、今も具沢山のあら汁だ。
弁護士になった正一が時折立ち寄る小料理屋の女将は、お富さんから教わったという魚の煮付けを自慢の一品にしている。
お富さんが生み出した優しさの味。
それは食べた人々の心を通して、確かに次の世代へと受け継がれていたのだ。
◇
……現代。三原駅前の商店街。
再開発で新しいビルが立ち並ぶその一角に、今も一軒だけ昭和の匂いを残した小さな大衆食堂が営業を続けている。
その店の名物メニューは、「おふくろの味定食」。
この当たり前のように享受している平和な暮らしと豊かな食。
その原点には戦争という絶望の淵から立ち上がり、一杯の温かい汁で人々の心を繋ぎ、そして未来への希望の味を生み出した名もなき一人の女性の力強い物語が眠っている。
そのことを思うと、町の食堂で食べる何気ない定食の味が、いつもより少しだけ深く、そしてありがたく感じられるのだった。
(第十三章:復興のバラック、希望の味 了)
第十三章「復興のバラック、希望の味」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
戦後の闇市は日本の食文化の原点とも言われています。
物資がない中で人々が知恵を絞り生み出した様々な料理が、その後の大衆食の基礎となっていったのです。
さて、戦後の力強い復興の物語でした。
次回は舞台を再び昭和の海へと移します。
かつて町の基幹産業であったあの塩田が、時代の波に飲み込まれその役目を終えようとしています。
次回から、新章が始まります。
第十四章:最後の浜は消えない ~塩田の終焉と浜子の決断~
第六章「白いダイヤは潮の味」で描かれた塩田の、その後の物語です。
近代化の波に抗い、最後まで先祖代々の技を守ろうとした最後の浜子の誇りと哀しみを描きます。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十四章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




