復興のバラック、希望の味 第5話:復興の槌音
作者のかつをです。
第十三章の第5話をお届けします。
今回は主人公・お富さんが蒔いてきた優しさの種が、大きな花を咲かせるクライマックスです。
金ではない心と心の繋がりが奇跡を起こす。
そんな人間賛歌を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
男は名を雄二と名乗った。
あの夜、お富さんのいっぱいの一杯の汁に救われた彼は、心を入れ替え必死で働いた。
港の荷役から始め少しずつ金を貯め、今では神戸で小さな貿易会社を経営しているという。
「……あの時のおばちゃんの汁の味が忘れられなくてね。……あの温かさがなかったら俺は今頃どうなっていたか。……礼を言うのが十年遅くなっちまった」
雄二はそう言うと、深々と頭を下げた。
そして分厚い金の入った封筒を差し出した。
「……受け取っておくんなまし。これで少しでも店を立派なものに」
お富さんは黙って首を横に振った。
「……気持ちだけで十分だよ。あんたがこうして立派になって顔を見せてくれた。それが何よりのお礼だ。……わしはただ腹を空かせた坊やに、飯を食わせただけのことさ」
その変わらない優しさに、雄二は再び涙を浮かべていた。
その出来事はすぐに闇市の仲間たちの知るところとなった。
「すげえじゃねえか、お富さん!」
「お富さんの汁は福の神だ!」
健さんや正一たちは我がことのように喜んだ。
そして健さんはある提案をした。
「お富さん。雄二の気持ちは受け取れねえとしてもだ。俺たちにあんたへの恩返しをさせてはくれねえか」
「……恩返し?」
「おう。俺たち皆あんたの汁に救われて、ここまでやってこれた。その感謝の印だ。……このバラックの店を、俺たちの手で本物の店に建て替えさせてくれ!」
そのあまりにも突飛な提案に、お富さんは驚いて言葉も出なかった。
だが健さんは本気だった。
彼の呼びかけに闇市の仲間たちが次々と集まってきた。
大工、左官、建具屋。
皆お富さんの店の常連たちだった。
「おう任しとけ! 俺が腕によりをかけて柱を建ててやる!」
「壁は俺に任せろ! 日本一の漆喰壁にしてやるぜ!」
彼らは皆貧しかった。
金などない。
だが彼らには腕と、そしてお富さんへの熱い感謝の気持ちがあった。
その日から闇市の片隅で、奇妙な光景が見られるようになった。
男たちが仕事の合間を縫ってお富さんの店に集まり、金槌や鋸を手に新しい店作りを始めたのだ。
カン、カン、カンという心地よい槌音が、復興途上の町に響き渡る。
それはただの建築現場の音ではなかった。
戦争で一度は全てを失った人々が互いに助け合い、自らの手で新しい未来を築き上げていこうとする力強い希望の槌音だった。
お富さんはその槌音を聞きながら、ただ黙っていつものように大きな鍋で汁を煮込み続けていた。
その目には久しぶりに、温かい涙が光っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
戦後の復興は国や行政の力だけでなく、こうした地域コミュニティの助け合い、支え合いの精神によって成し遂げられた部分が非常に大きかったと言われています。
さて、多くの人々の想いを集めて新しい店が生まれようとしています。
いよいよ第十三章、感動の最終話です。
次回、「私の町の味(終)」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




