復興のバラック、希望の味 第3話:生きるための人々
作者のかつをです。
第十三章の第3話をお届けします。
今回は終戦直後の混乱した社会の中で、人々がいかにして自分たちの手で秩序を取り戻していったのかを描きました。
主人公・お富さんのブレない優しさが、人々の心を動かしていきます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
季節は巡り、冬がやってきた。
焼け跡を吹き抜ける風は、容赦なく人々の体温を奪っていく。
闇市には新しい問題が持ち上がっていた。
復員兵や仕事を失った者たちが次々とこの町に流れ着き、闇市の人口は膨れ上がっていた。
それに伴い治安は日に日に悪化していった。
食料を巡るいさかい。
場所を巡る縄張り争い。
そして弱い者から力づくで奪い取るならず者たち。
生きるためのエネルギーは、時として醜い牙を剥く。
お富さんの店も例外ではなかった。
ある日店の売上金を狙って、一人の若い男が刃物を突きつけてきた。
「……金を出せ。逆らえばどうなるか、分かってるな」
男の手は震えていた。
空腹と絶望が彼を凶行に走らせているのは明らかだった。
お富さんは動じなかった。
彼女は黙って男の目をまっすぐに見据えた。
その瞳には恐怖も怒りもなかった。
ただ深い深い哀しみの色が浮かんでいるだけだった。
「……お前さん、腹が減ってるんじゃろう。……まずはこれをおあがり」
お富さんはゆっくりと鍋から一杯の汁をよそうと、男の前に差し出した。
男は一瞬戸惑った。
だが湯気から立ち上る匂いに抗うことはできなかった。
彼は刃物を取り落としその場にへたり込むと、子供のように声を上げて泣きながらその汁をすすり始めた。
その一部始終を店の隅で見ていたのが、健さんだった。
彼は黙って立ち上がると、泣きじゃくる男の肩を叩いた。
「……お前も辛かったんじゃろう。……だがなお富さんは、お前よりももっと辛い思いをしとるんだ。……この汁はな、お富さんの涙の味がするんだぜ」
その日から奇妙なことが起こり始めた。
健さんが闇市の若者たちをまとめ自警団のようなものを作り、市場の治安を守り始めたのだ。
あの戦災孤児の正一も、いつしかその一員に加わっていた。
そしてお富さんの店は、彼らの溜まり場のような場所となった。
彼らは、お富さんの汁を飲むことを最高の報酬とし、彼女を母親のように慕い守った。
闇市は相変わらずカオスだった。
だがその混沌の中に一つの小さな秩序と、そして温かい共同体が確かに生まれつつあった。
それはお富さんが蒔いた、一杯の汁というささやかな善意の種が少しずつ芽を出し始めた証だったのかもしれない。
彼女は今日も変わらず大きな鍋の前に立ち、湯気の向こうで騒ぐ息子のような若者たちの姿を優しい目で見守っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
闇市というとどうしても無法地帯というイメージが強いですが、そこには独自のルールやコミュニティが存在し、人々はその中でたくましく生きていました。
そのエネルギーこそが、戦後復興の原動力となったのです。
さて、少しずつ秩序を取り戻していく闇市。
やがてその闇市にも、新しい時代の光が差し込み始めます。
次回、「ささやかな店の灯り」。
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