復興のバラック、希望の味 第2話:一杯の汁
作者のかつをです。
第十三章の第2話をお届けします。
今回はお富さんの店に集う人々との心の交流を描きました。
一杯の温かい汁がいかに人々の凍てついた心を溶かしていったのか。
その温かさを感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
富子のあら汁屋は、いつしか闇市の名物となっていた。
彼女は多くを語らない。
ただ黙々と鍋の火の番をし、客が来れば「へい、いらっしゃい」と低い声で迎えるだけ。
だがそのどっしりと構えた姿は、闇市に集う訳ありの男たちでさえ一目置くほどの貫禄があった。
人々は彼女を親しみを込めて、「お富さん」と呼んだ。
お富さんの店には、いつも同じ顔ぶれが集まっていた。
最初に客となった片腕の復員兵、健さん。
彼は故郷に帰る当てもなく、闇市の用心棒のようなことをして日銭を稼いでいた。
ぶっきらぼうで喧嘩っ早いが、根は優しい男だった。
戦争で夫を亡くし、幼い子供を二人抱えた若い母親。
彼女は着物を闇市で売り、そのなけなしの金で子供たちにお富さんの汁を飲ませるのが日課だった。
そして戦災孤児の兄弟。
兄の正一はまだ十歳にもならないが、弟の手を引き必死で瓦礫の中から鉄くずを拾い集め、それを売って糊口をしのいでいた。
彼らは血の繋がりはない。
だがこのお富さんの店に集う時だけは、まるで一つの家族のようだった。
ある冷たい雨の夜のこと。
正一とその弟がずぶ濡れになって店の前に現れた。
その日の稼ぎが全くなく、二人は朝から何も口にしていないという。
弟は空腹と寒さで泣きじゃくっていた。
「……おばちゃん。……明日必ず払うから。……一杯だけ汁を売ってはくれねえか」
正一は震える声で、必死に頼み込んだ。
富子は何も言わなかった。
ただいつもより少しだけ大きな器に熱い汁をなみなみと注ぐと、二人の前に黙って置いた。
そして自分の懐から小さな握り飯を一つ取り出し、弟の手に握らせてやった。
「……いいから食いな。子供が腹を空かせてるんじゃねえよ」
そのぶっきらぼうな優しさに、正一の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
彼は声を上げて泣きながら、夢中でその汁をすすった。
その様子を黙って見ていた健さんが、自分の懐から煙草を取り出すとそれを闇市の元締めの所へ持っていき、わずかばかりの銭に換えてきた。
そしてその銭を、黙って富子の勘定箱へと入れた。
「……見上げたもんだな、お富さん」
健さんはそう呟くと、照れくさそうに顔をそむけた。
富子は何も答えず、ただ鍋の中の汁をゆっくりとかき混ぜるだけだった。
その横顔は炎に照らされ、どこか亡くなった自分の息子を思い出しているかのように見えた。
一杯の汁。
それはただの食べ物ではなかった。
絶望の淵にいる人々が互いの痛みを分かち合い、そして支え合うための温かい絆そのものだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
終戦直後の混乱期。
法や秩序が失われた一方で、人々は原始的な助け合いの精神を取り戻したのかもしれません。
そこには現代社会が忘れてしまった、人間関係の原点があったような気がします。
さて、ささやかな絆で結ばれた闇市の人々。
しかし彼らのささやかな日常も、また新たな脅威に晒されます。
次回、「生きるための人々」。
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