復興のバラック、希望の味 第1話:焼け跡の闇市
作者のかつをです。
新しい構成案に基づき、本日より第十三章「復興のバラック、希望の味」の連載を開始します。
舞台は終戦直後。
全てが失われた焼け跡から人々がたくましく立ち上がっていく、力強い物語です。
主人公は空襲で全てを失いながらも、一杯の汁物で人々の心を温めた一人の女性です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
昭和二十年、秋。
日本は戦争に負けた。
三原の町は、見渡す限りの焼け野原が広がるばかり。
昨日までの価値観は全てひっくり返り、人々は明日どう生きていけば良いのかさえ分からない混沌の中にいた。
しかし、人間はたくましい。
その灰の中からまるで雨後の筍のように、小さな生命の芽が生まれ始めていた。
これは全てを失った人々がそれでも生きるために集い、肩を寄せ合い、そして一杯の温かい汁で未来への希望を繋いだ、焼け跡の闇市の物語である。
◇
三原駅の駅前広場。
そこは空襲の被害をかろうじて免れた、数少ない場所だった。
その広場にどこからともなく、人々が集まり始めた。
焼け出された者、戦地から復員してきた兵士、近郊の農村から食料を売りに来た百姓たち。
彼らは焼け残ったトタンや材木をかき集め、思い思いのバラック小屋を建て始めた。
それが三原の戦後復興の原点となる、「闇市」の始まりだった。
その闇市の片隅で一枚の筵の上に小さな鍋を一つだけ置き、商いを始めた一人の女性がいた。
名を富子という。
彼女は空襲で夫と営んでいた小さな食堂、そして一人息子を一度に失っていた。
四十を過ぎ、たった一人焼け跡に放り出された彼女に残されたものは何もなかった。
ただ料理の腕と、そして「生きる」という執念だけを除いては。
「……生きてさえいれば、いつかきっと良いことがある」
それは口癖のように、夫が言っていた言葉だった。
富子は闇市をさまよい、なけなしの金で手に入れた魚のアラと野菜のクズを大鍋で煮込み、一杯十円の「あら汁」として売り始めた。
具などほとんど入っていない。
ただ塩で味をつけただけの、粗末な汁物。
だがその湯気から立ち上る魚の匂いは、飢えた人々の足を引き寄せた。
「おばちゃん、一杯くれ」
最初に声をかけてきたのは、片腕を失った復員兵だった。
男はぼろぼろの軍服姿で、虚ろな目をしていた。
富子は黙って欠けた茶碗に、熱い汁を注いでやった。
男はその茶碗を震える手で受け取ると、一気にすすった。
「……ああ、温かい。……生きてる味がする」
男の乾ききった目から、ぽろりと一筋の涙がこぼれ落ちた。
その日から富子の小さな店には、様々な人々が集まるようになった。
誰もが心と身体に深い傷を負っていた。
だが彼らはこの一杯の温かい汁をすすることで、ほんの束の間生きている実感と明日への活力を取り戻していく。
富子の店は、ただ腹を満たすだけの場所ではなかった。
それは絶望の淵にいた人々が肩を寄せ合い、互いの傷を舐め合う小さな止まり木のような場所となっていった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十三章、第一話いかがでしたでしょうか。
終戦直後の闇市は無法地帯であると同時に、人々が生きるためのエネルギーが渦巻くカオスな空間でした。
その熱気とたくましさを描きました。
さて、一杯のあら汁から始まった富子の小さな店。
そこには様々な人生が集まってきます。
次回、「一杯の汁」。
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