三原大空襲、少女の日記 第6話:灰の中から(終)
作者のかつをです。
第十二章の最終話です。
全てを失った少女がそれでも希望を見出し強く生きていく再生の物語。
そしてその名もなき人々の営みが、現代の私たちの平和な暮らしにどう繋がっているのか。
この物語のテーマである「過去と現代の繋がり」を、改めて感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
あの日からわずか十数日後。
日本は戦争に負けた。
玉音放送を聞いた時、大人たちは皆その場に泣き崩れた。
だが和子は不思議と涙は出なかった。
「ああ、やっと終わったんだ」
ただそれだけだった。
本当の戦いはそこからだった。
食うや食わずの日々。
着るものも住む家もない。
だが人々は絶望の淵から、少しずつ立ち上がろうとしていた。
男たちは焼け残った資材をかき集め、バラック小屋を建て始めた。
女たちは畑を耕し、あるいは闇市でたくましく商いを始めた。
子供たちの笑い声も、少しずつ町に戻ってきた。
和子もじっとしてはいられなかった。
彼女は焼け残った公民館に作られた臨時の救護所で、看護婦の手伝いを始めた。
傷ついた人々、親を亡くした孤児たち。
自分よりももっと辛い境遇の人々が、そこにはたくさんいた。
和子は必死に働いた。
それは誰かのためというよりも、自分自身の心の穴を埋めるための作業だったのかもしれない。
……それから長い長い年月が流れた。
三原の町は見事に復興を遂げた。
かつて焼け野原だった場所には新しい家々が建ち並び、人々の平和な暮らしが戻ってきた。
和子も結婚し子供を産み、そして可愛い孫にも恵まれた。
彼女はもう何十年も、あの日記をつけていない。
ある夏の日の午後。
和子は孫娘の手を引き、三原城の堀端を散歩していた。
堀の水面は夏の日差しを受けて、きらきらと輝いている。
「おばあちゃん、どうしたの? 昔のこと、思い出してるの?」
孫娘が不思議そうに顔を覗き込む。
和子は優しく微笑んだ。
「……ええ、少しね。……昔ね、ここにはおばあちゃんの大切なお友達がいたのよ。……いつも二人でここでお話したの。戦争が終わったら一緒に活動写真を観に行きましょうね、って」
和子は孫娘に語りかけるように、そして天国の千代に語りかけるように、静かに言葉を続けた。
「……見て、千代ちゃん。町はこんなにきれいになったわ。……あなたの夢見た平和な世の中がちゃんとここに、あるわよ。……だからもう安心して、眠ってね」
和子の皺の刻まれた手のひらには、あの青いおはじきが一つ固く握りしめられていた。
◇
……現代。三原市。
夏の夜空に大輪の花火が打ち上がる。
やっさ祭りのフィナーレだ。
人々は空を見上げ、その美しさに歓声を上げている。
この当たり前のように享受している平和な夜空。
その同じ空がかつて死の焼夷弾で埋め尽くされた日があったこと。
そしてその絶望の灰の中から歯を食いしばり、この豊かな故郷を再建してくれた名もなき人々がいたこと。
そのことを私たちは、決して忘れてはならない。
花火の光が照らし出す人々の笑顔の一つ一つが、過去から未来へと受け継がれていく命の尊さそのものなのだから。
(第十二章:昭和二十年、夏色の灰 ~三原大空襲、少女の日記~ 了)
第十二章「昭和二十年、夏色の灰」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
戦争の記憶は風化させてはならない歴史です。
この物語が私たちの足元にある平和の尊さを、少しでも考えるきっかけになれば幸いです。
さて、戦争という最も暗い時代を描きました。
次回は、その焼け跡から人々がたくましく立ち上がっていく力強い物語です。
次回から、新章が始まります。
第十三章:復興のバラック、希望の味
空襲で全てを失った人々が生きるために集まった闇市。
一杯の温かい食事で人々の心を繋ぎ、町の復興を支えた一人の女性の力強い生き様を描きます。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十三章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




