三原大空襲、少女の日記 第5話:失くしたもの
作者のかつをです。
第十二章の第5話をお届けします。
今回は空襲で全てを失った主人公・和子の深い喪失感と、そこからの再生の兆しを描きました。
ささやかな思い出の品が、彼女を再び前へと向かわせます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
空襲から数日が過ぎた。
和子とその家族は町の外れにある親戚の家に身を寄せていた。
父は毎日焼け跡へと出かけていき、何か使えそうなものを探してきては黙々とバラック小屋のような仮の住まいを建て始めていた。
母は母でどこからか手に入れてきた、わずかばかりの食料で必死に家族の命を繋いでいる。
弟はあの夜の恐怖がまだ抜けないのか、夜になるとうなされ泣き叫んだ。
誰もが自分のことで精一杯だった。
和子は何もする気が起きなかった。
ただ一日中ぼんやりと空を眺めて過ごしていた。
心にぽっかりと大きな穴が開いてしまったようだった。
千代ちゃんはもういない。
その事実がまだ受け入れられない。
ふと防空頭巾のポケットに手を入れると、指先に何か硬いものが触れた。
取り出してみるとそれは、あの日千代ちゃんと別れる直前に彼女からもらった一個のおはじきだった。
ガラスでできたきれいな青いおはじき。
「戦争が終わったらこれでまた遊ぼうね」と笑っていた。
それを見た瞬間、和子の目からまた涙が溢れそうになる。
彼女は慌ててそれをポケットの奥にしまい込んだ。
もう泣くのはやめよう。
そう心に決めたはずだった。
その日の午後。
父が焼け跡から一枚の黒焦げになった板切れを拾ってきた。
「……和子。お前の部屋の辺りに落ちていたぞ」
それは和子が大切にしていた、日記帳の表紙だった。
中身は全て燃えてしまい、灰となっていた。
あの日記帳には彼女の全てが詰まっていた。
女学校での他愛のない出来事。
親友の千代ちゃんと交わした秘密の話。
そして淡い憧れの上級生への想い。
彼女のささやかな青春の全て。
それもまた一夜の炎で灰になってしまった。
自分は本当に全てを失ってしまったのだ。
和子はその黒い塊を握りしめ、声もなく泣いた。
その夜。
和子は眠れずに一人外へ出た。
空には満月が煌々と輝いている。
それはあの夜と何も変わらない、美しい月だった。
月を見上げながら和子は思った。
確かに自分は多くを失った。
家も町も親友も、そして思い出さえも。
だが自分はまだ生きている。
父も母も弟も、生きている。
そしてこの空も月も何も変わらずにここにある。
千代ちゃんが大好きだった、この三原の空が。
失くしたものばかりを数えていても、何も始まらない。
残された自分が、これから何をすべきなのか。
和子はポケットの中からあの青いおはじきを取り出した。
月の光を受けて、それはまるで小さな希望の光のようにキラキラと輝いていた。
千代ちゃんの分まで生きなければ。
彼女が夢見た平和な未来を、この目で見るまでは。
和子の心に小さな、しかし確かな灯火が再び灯った。
それは灰の中から見つけ出した、彼女自身の生きる意味だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
焼け跡から見つけ出した思い出の品。
それは被災した人々にとって過去と未来を繋ぐ、かけがえのない宝物だったことでしょう。
さて、生きる意味を見つけ出した和子。
しかし本当の戦いはここからでした。
戦争は終わっても人々の苦しみは終わりません。
次回、「灰の中から(終)」。
第十二章、感動の最終話です。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




