三原大空襲、少女の日記 第4話:夜明けの景色
作者のかつをです。
第十二章の第4話をお届けします。
今回は空襲の一夜が明けた後の絶望的な光景を描きました。
全てを失った喪失感。
そして主人公・和子を襲う親友の死という、残酷な現実。
戦争がもたらす最も深い悲しみに迫ります。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
燃え盛る炎の勢いが少しずつ弱まり、東の空が白み始めてきた。
地獄のような一夜が終わろうとしていた。
和子とその家族は奇跡的に全員無事だった。
泥と煤で真っ黒になり、あちこちに火傷を負ってはいたが命だけは助かった。
「……もう大丈夫だろう。陸へ上がるぞ」
父のかすれた声に、人々は亡霊のようにゆっくりと堀から這い上がっていく。
そして和子は見た。
夜が明けた自分の故郷の、本当の姿を。
そこには何もなかった。
見渡す限り一面の焼け野原。
昨日までそこにあったはずの家も店も学校も、何もかもが消え失せ、黒い瓦礫と白い灰だけがどこまでもどこまでも広がっていた。
ところどころでまだ黒い煙がくすぶり、異様な匂いが鼻をつく。
これが自分の生まれ育った町なのか。
信じられなかった。
まるで悪夢の続きを見ているかのようだった。
人々はただ呆然と、その光景に立ち尽くしていた。
泣き叫ぶ者ももういない。
あまりの絶望に感情さえも、失ってしまったかのようだった。
その時、和子は思い出した。
「……千代ちゃん」
親友の安否が気になった。
彼女の家は、このすぐ近くだったはずだ。
「父さん、母さん、私、千代ちゃんを探しに行ってくる!」
両親の制止を振り切り、和子はまだ熱を帯びた瓦礫の中を走り出した。
「千代ちゃん! どこにいるの! 返事をして!」
何度も何度も叫んだ。
だが返事はない。
やがて彼女の家のあった場所へとたどり着く。
そこもまた黒焦げの柱の残骸が残っているだけだった。
和子は必死に瓦礫をかき分けた。
「千代ちゃん!」
その時、彼女の指先に何か柔らかいものが触れた。
恐る恐る掘り起こしてみる。
それは半分炭化した教科書だった。
『国語』と書かれた表紙。
その隅に見覚えのある小さな文字で、「杉野千代」と名前が書かれていた。
和子はその場に崩れ落ちた。
声にならない叫びが喉から漏れた。
約束したじゃないか。
戦争が終わったら一緒に活動写真を観に行こうって。
甘いお汁粉もつけて。
あの日の夕焼け空の下で笑っていた千代の笑顔が脳裏に蘇る。
もう、あの笑顔には二度と会えない。
和子は初めて声を上げて泣いた。
とめどなく涙が溢れ出てきた。
灰色の世界の中でたった一人、声を枯らして泣き続けた。
それは親友の死を悼む涙であると同時に、彼女自身の失われた青春への鎮魂歌でもあった。
戦争は全てを奪っていった。
家も町も、そしてかけがえのない友の命さえも。
灰色の空の下、十六歳の少女の夏は終わった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
三原大空襲では死者二百数十名、市街地の約八割が焼失したと言われています。
その一人一人に、和子と千代のような語られることのない悲しい物語があったはずです。
さて、全てを失い絶望の淵に沈む和子。
しかし物語はここで終わりではありません。
人々はこの灰の中から、再び立ち上がろうとします。
次回、「失くしたもの」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




