蛸が引いた石 第8話:潮風に響く鬨の声(終)
作者のかつをです。
第一章の最終話です。
一人の職人の人生と、彼が遺したものが、いかにして伝説となり、現代の私たちに繋がっているのか。
この物語のテーマである「過去と現代の繋がり」を、改めて感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
天主台が完成し、三原城の普請は、新たな段階へと入っていった。
石垣の上には、やがて、白亜の櫓が建ち並び、堀には、海水が引き込まれ、名実ともに「浮城」が、その威容を現すことになる。
源蔵は、その後も、石工として、この城の完成を見届けた。
彼が、親方となり、弟子に仕事を教える頃には、三原は、城下町として、大きな賑わいを見せるようになっていた。
彼は、孫の手を引き、完成した城を見上げながら、よく、昔の話をした。
あの嵐の夜のこと。
そして、月夜の浜辺に現れた、巨大な蛸のことを。
孫たちは、目を輝かせて、その話に聞き入った。
源蔵が語る「伝説」は、この町の、一番最初の、大切な物語として、人々の心に、深く、刻み込まれていったのだ。
彼が築いた石垣は、その後、四百年以上の時を超え、風雪に耐え抜いた。
戦国の世が終わり、江戸、明治、大正、昭和、そして現代へ。
城の主は、何度も代わった。
上の建物は、壊され、姿を消した。
しかし、源蔵たちが、海の底から築き上げた、あの石垣だけは、今も、変わらずに、そこに在り続けている。
◇
……現代。三原駅。
新幹線のホームから、石垣を見下ろしていた一人の若者が、ふと、潮の香りを含んだ風を感じた。
その風が、遠い昔の、石工たちの唄を、運んでくるような気がした。
この、当たり前のように広がる風景。
その礎の下には、巨大な自然に、知恵と勇気で立ち向かった、名もなき人々の、誇りと、祈りが眠っている。
そのことを思うと、足元に広がる故郷の景色が、いつもより、少しだけ、力強く、そして愛おしく見えた。
(第一章:蛸が引いた石 ~三原城築城、名もなき石工の唄~ 了)
第一章「蛸が引いた石」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
三原駅を訪れる機会があれば、ぜひ、ホームから石垣を眺めてみてください。
そこには、ただの史跡ではない、人々の想いの結晶が、息づいているのを感じられるかもしれません。
さて、城が完成し、物語は、そこに住まう人々の、喜びの表現へと移ります。
次回から、新章が始まります。
第二章:やっさ、やっさ! ~城下町の誕生、一番祭りの熱気~
三原の夏を彩る「やっさ祭り」。
その起源とされる、城の完成を祝う、最初の祭りの熱狂を描きます。
身分を超えて、人々が一つになった、町の誕生の物語にご期待ください。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第二章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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