三原大空襲、少女の日記 第2話:七月二十八日の夜
作者のかつをです。
第十二章の第2話をお届けします。
今回は物語の中心となる三原大空襲の夜を描きました。
それまでの日常がいかに無残に、暴力的に断ち切られていったのか。
主人公・和子の視点からその恐怖と混乱を追体験するような形で描いています。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
昭和二十年七月二十八日、夜。
その夜も和子は家族と、質素な夕食を囲んでいた。
カボチャのつると葉だけが入った雑炊。
それでも食べられるだけありがたいと、誰もが思っていた。
夜九時を過ぎた頃。
いつものように空襲警報のサイレンが鳴り響いた。
「またか」
父が吐き捨てるように言った。
最近は毎晩のように鳴る。
人々はもはや慣れっこになっていた。
どうせまた呉か広島へ向かうB29の編隊が、上空を通過するだけだろう。
「和子、一応防空頭巾だけは被っておきなさい」
母の言葉に和子は気乗りしないまま、分厚い綿の入った頭巾を被った。
蒸し暑くて息苦しい。
警戒警報からやがて、空襲警報へと切り替わる。
遠くで高射砲の乾いた音が響き始めた。
その時だった。
ブウウウウウン……
これまで聞いたことのない低い羽音のような響きが、急速に近づいてくる。
それは遥か上空を通過する音ではなかった。
明らかにこの町を目指して、低空で侵入してくる音。
「……来るぞ!」
父が絶叫した。
次の瞬間。
ヒュルルルルという空気を切り裂く不気味な音と共に。
ズガガガガーン!
腹の底をえぐられるような、凄まじい爆発音。
家が大きく揺れ、窓ガラスが粉々に砕け散った。
「防空壕へ!」
父の声と同時に、第二、第三の爆発が続く。
和子は母と幼い弟の手を引き、夢中で庭に掘られた小さな防空壕へと駆け込んだ。
中は真っ暗で湿っぽい土の匂いがした。
三人が身を寄せ合うともういっぱいだった。
父は入り口で必死に木の蓋を押さえている。
「大丈夫だ。大丈夫だ……」
母が呪文のように唱え、震える弟をきつく抱きしめている。
外の世界はもはや音の地獄だった。
絶え間なく続く爆発音。
バリバリと家が崩れ落ちていく音。
そして人々の断末魔の悲鳴。
ゴオオオオオッという熱風が、防空壕の隙間から吹き込んでくる。
木の焼ける匂い。
「火だ! 町が燃えているぞ!」
父の絶望的な声が聞こえた。
どれくらいの時間が経ったのか。
地獄のような轟音が少しずつ遠ざかっていく。
やがてあたりは不気味な静寂に包まれた。
ただパチパチと何かが燃え続ける音だけが聞こえている。
「……行ったか」
父が呟き、ゆっくりと防空壕の蓋を開けた。
その隙間から流れ込んできたのは、夜の闇ではなかった。
真っ赤な炎の色だった。
和子がおそるおそる外を覗き込む。
そして息を呑んだ。
そこには彼女が知っている故郷の風景は、どこにもなかった。
見渡す限り一面の火の海。
家も木も何もかもが燃え盛る炎に包まれている。
空はまるで真昼のように、赤く染まっていた。
それはこの世の終わりの光景だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
昭和二十年七月二十八日深夜。
B29約二十機が三原市上空に飛来し、焼夷弾約百トンを投下したと記録されています。
それはまさに無差別爆撃でした。
さて、一夜にして火の海となった三原の町。
和子とその家族の運命は。
そして親友・千代の安否は。
次回、「燃える町」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




