三原大空襲、少女の日記 第1話:B29の影
作者のかつをです。
新しい構成案に基づき、本日より第十二章「昭和二十年、夏色の灰 ~三原大空襲、少女の日記~」の連載を開始します。
これまで戦国や江戸、明治といった過去の時代を描いてきましたが、今回は私たちの祖父母の世代が実際に体験した「戦争」の記憶に光を当てます。
一人の女学生の視点を通して戦争の悲劇と、その中で失われた日常の尊さを描いていきたいと思います。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県三原市。
現在の穏やかで美しい町並みからは、想像することも難しいかもしれない。
ほんの八十年ほど前、この町が一夜にしてその八割を焼き尽くされる、地獄の炎に包まれたという事実を。
昭和二十年七月二十八日、三原大空襲。
これは歴史の大きな物語に埋もれがちな、地方都市の小さな、しかし紛れもない戦争の悲劇。
そしてその灰の中から、それでも明日を信じて立ち上がろうとした名もなき人々の記憶の物語である。
◇
昭和二十年七月。
三原の女学校に通う十六歳の和子の毎日は、勉強どころではなかった。
授業はほとんどなく、来る日も来る日も勤労奉仕に明け暮れる。
この日は軍の飛行場建設の手伝いだった。
級友たちと横一列に並び、重いモッコを担いで土を運ぶ。
じりじりと照りつける夏の太陽が、容赦なく体力を奪っていく。
「……ねえ和子ちゃん。本当に、日本は勝てるのかしら」
隣で土を運んでいた親友の千代が、不安そうな声で囁いた。
千代の兄は二年前に、南の海で戦死している。
「……当たり前じゃないの、千代ちゃん。神国日本が負けるはずないわ。そんな非国民みたいなこと言っちゃダメよ」
和子はきつい口調で言い返した。
だがその言葉とは裏腹に、彼女の心も暗い不安の影に覆われていた。
ラジオのニュースは毎日威勢のいい軍艦マーチと共に、輝かしい戦果を報じている。
だが町に流れる空気は、日に日に重く暗くなっていた。
食料の配給はますます減り、誰もが空腹を抱えている。
町の男たちはほとんど戦地へ行ってしまい、代わりに軍服を着た傷痍軍人の痛々しい姿が目につくようになった。
そして何よりも人々を怯えさせていたのが、空襲警報のサイレンだった。
ウウウウウーーーーーッ。
あの不気味なサイレンが鳴り響く度、人々は全てを放り出し防空壕へと駆け込む。
最初は遠い本土の上空を、B29の大編隊が通り過ぎていくだけだった。
銀色に輝くその機体はあまりに美しく、どこか現実感がなかった。
だが呉の軍港が大空襲を受けたという噂が流れてから、空気は一変した。
次は、この三原かもしれない。
鉄道の要衝であり軍需工場もあるこの町は、いつ狙われてもおかしくない。
「……怖いね」
千代の小さな呟きに、和子は何も答えられなかった。
その日の帰り道。
二人は三原城の堀端に腰を下ろし、夕暮れの空を眺めていた。
美しい茜色の空。
明日もこんな穏やかな一日が続けばいい。
「……ねえ和子ちゃん。もし戦争が終わったら、一緒にまた活動写真を観に行きましょうね。今度は甘いお汁粉もつけて」
千代が精一杯の笑顔で言った。
「……ええ、そうね。約束よ」
和子も笑顔で頷いた。
そのささやかな少女たちの約束が、果たされることはない。
運命の夜は、もうすぐそこまで迫っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十二章、第一話いかがでしたでしょうか。
昭和二十年七月、広島への原爆投下のわずか九日前の出来事でした。
呉や福山といった近隣の大都市が次々と空襲に見舞われる中、三原の人々は「次は自分たちかもしれない」という大きな不安の中で暮らしていたのです。
今回はその運命の前夜を描きました。
さて、少女たちのささやかな日常は無残に打ち砕かれます。
次回、「七月二十八日の夜」。
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