造船所の男たち 第8話:海に消えた交響曲(終)
作者のかつをです。
第十一章の最終話です。
戦争という悲劇を乗り越え再び立ち上がった男たち。
そして時代の流れと共に失われていった一つの風景。
この物語のテーマである「過去と現代の繋がり」を、改めて感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
長い戦争が終わった。
糸崎の造船所は奇跡的に、壊滅的な被害を免れた。
翔太と源田、そして戦地から九死に一生を得て帰ってきた職人たちは、再び槌を手にした。
何もない焼け跡からの再出発だった。
だが彼らの目には光があった。
もう一度、世界一の船を造る。
今度こそ平和な海を、人々の笑顔を乗せて走る船を。
その一つの想いが彼らを突き動かした。
やがて日本の奇跡的な高度経済成長と共に、糸崎の造船所も息を吹き返す。
そこで造られた優秀な船は日本の復興を支え、世界中の海へと再びその雄姿を現した。
……それからさらに長い長い年月が流れた。
翔太も源田もとうにこの世を去った。
日本の造船業も時代の波に洗われ、かつての勢いを失った。
あれほど槌音が響き渡っていた糸崎の港も、今ではその一部が静かな公園として整備されている。
ある晴れた休日。
白髪の老人が一人、その公園のベンチに座り静かな海を眺めていた。
彼はかつてこの造船所で働いていた元職人だった。
少年工として源田に怒鳴られ、翔太の描く夢のような図面に胸を躍らせた一人だった。
彼の脳裏に蘇るのは、あの熱い日々。
けたたましい槌音。
飛び散る火花。
仲間たちの汗と笑顔。
そして進水式の、あの地鳴りのような歓声。
それは確かに一つの時代の交響曲だった。
もう二度と聞くことのできない、荒々しくしかしどこまでも美しい男たちのシンフォニー。
老人は目を閉じた。
潮風が彼の深い皺を、優しく撫でていく。
その風の中に、確かに聞こえた気がした。
遠い昔、この港に響き渡っていたあの力強い鉄の交響曲が。
それは海に消えたのではない。
この土地の記憶に、この潮風の中に、そして船を愛した人々の心の中に今も確かに鳴り響いているのだ。
(第十一章:煙と鉄の交響曲 ~造船所の男たち~ 了)
第十一章「煙と鉄の交響曲」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
三原・糸崎の造船業は日本の近代化と戦後復興の象徴でした。
今は静かになった港ですが、そこには日本のものづくりを支えてきた男たちの熱い魂が今も眠っています。
さて、戦争の記憶を辿る物語が続きます。
次回は、この三原の町が直接炎に包まれたあの悲劇の一日に光を当てます。
次回から、新章が始まります。
第十二章:昭和二十年、夏色の灰 ~三原大空襲、少女の日記~
当たり前の日常が、一夜にして灰となった日。
一人の女学生の視点から戦争の悲劇と、それでも失われなかった希望を描きます。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十二章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




