造船所の男たち 第7話:最後の進水式
作者のかつをです。
第十一章の第7話、物語のクライマックスです。
敗戦間近。
全てが失われた絶望的な状況の中で、男たちが自らの誇りを取り戻すために行った最後の進水式。
その静かでしかし荘厳な船出を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
昭和二十年、夏。
日本の敗戦はもはや誰の目にも明らかだった。
広島、長崎への原子爆弾の投下。
そしてソ連の参戦。
糸崎の造船所も度重なる空襲で大きな被害を受け、もはや満身創痍の状態だった。
そんな絶望的な状況の中で、一つの船が静かに完成の日を迎えようとしていた。
それは戦争が始まるずっと以前から計画されていた、一隻の小さな貨物船だった。
戦時中、建造は何度も中断されその船台は軍艦の建造に明け渡されてきた。
だが源田は頑として、この船の解体だけは許さなかった。
「これは平和な海を走るための船だ。戦争の道具にはさせん」
それが彼の最後の意地であり、抵抗だった。
そして終戦の玉音放送が流れる、わずか数日前のこと。
源田は翔太とそして残った数少ない職人たちを集めて告げた。
「……この船の進水式を行う」
誰もが耳を疑った。
こんな状況で進水式どころではない。
「……けじめだ」
源田は静かに言った。
「……わしらはこの戦争で多くのものを失った。誇りも仲間も、そして我が子のような船もだ。……だがなわしらは負けたわけじゃねえ。わしらの技は、魂はまだ死んではおらん。そのことをわしら自身の手で確かめておきてえんだ。……この忌まわしい戦争の時代にけりをつけて、新しい時代へと進むためのわしらなりの船出よ」
その言葉に反対する者は、誰もいなかった。
進水式は夜陰に紛れてひっそりと行われた。
参列者はいない。華やかな飾り付けもない。
ただ翔太と源田、そして十数人の年老いた職人たちだけ。
月明かりの下、支綱が切られる。
船はゆっくりと音もなく、闇色の海へと滑り出していった。
ザッバーンという水音もない。
まるで疲弊しきった母親の腕に抱かれるように、船は静かにただ静かに海に浮かんだ。
誰も何も言わなかった。
ただ男たちは皆肩を震わせ、声を殺して泣いていた。
それは自分たちが守り抜いた、ささやかな誇りの証。
そしてこの戦争で失われていった全ての仲間と、船たちへの鎮魂の祈りだった。
ポォーッ。
港のどこかで船が一つ長く、静かに汽笛を鳴らした。
まるで新しい時代の夜明けを告げるかのように。
翔太と源田は固い握手を交わした。
その手には再び船を造るのだという、力強い決意がこもっていた。
今度はもう二度と人殺しの道具ではない。
平和な海を人々の夢を乗せて走る、本当の船を。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
どんな暗い時代にも決して失われることのない人間の尊厳。
この最後の進水式は彼らにとって、まさにその証だったのかもしれません。
さて、長い戦争が終わりました。
焼け跡から彼らはどう立ち上がっていくのでしょうか。
いよいよ第十一章、感動の最終話です。
次回、「海に消えた交響曲(終)」。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。




