造船所の男たち 第5話:忍び寄る戦争の影
作者のかつをです。
第十一章の第5話をお届けします。
今回は物語の大きな転換点。
忍び寄る戦争の影が主人公たちの誇りある仕事をいかに歪めていったのかを描きました。
平和なものづくりの喜びが奪われていく過程のやるせなさを、感じていただければ幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「海燕」の成功は、糸崎の小さな造船所の名を一躍世に知らしめた。
翔太と源田のコンビはその後も次々と画期的な新型船を世に送り出し、日本の海運業の発展に大きく貢献した。
翔太は設計部の部長になり、源田は全ての現場を束ねる工場長へと出世した。
かつて水と油だった二人は、今や誰よりも固い信頼で結ばれた無二の親友となっていた。
時代は大正から昭和へ。
しかしその輝かしい時代の裏側で、世界は静かにきな臭い匂いに満ち始めていた。
満州事変、日中戦争。
日本は終わりなき戦争への泥沼へと、足を踏み入れていく。
その暗い影は、この平和な糸崎の造船所にも容赦なく忍び寄ってきた。
ある日、翔太の元に海軍からの極秘の命令が下った。
「……これより貴社の造船所は軍の管理下に入る。……今建造中の全ての商船は作業を中断し、ただちに軍艦への改装に着手せよ」
それは有無を言わせぬ命令だった。
「馬鹿な! あの船は人を乗せ、世界に夢を運ぶために造っているんだ! 人を殺すための道具ではない!」
翔太は激しく抵抗した。
だが軍服の男は、冷たく言い放った。
「これはお国のためだ。……非国民となりたいか」
翔太は唇を噛みしめるしかなかった。
その日から造船所の風景は一変した。
華やかな客室は無機質な兵員室へと作り替えられ。
広い甲板には物々しい高角砲が据え付けられた。
美しかった船体は、敵の目を欺くためのくすんだ灰色の迷彩色に塗りたくられた。
職人たちの顔からも笑顔が消えた。
彼らが誇りとしてきた船造りの技が今、自分たちの意に反して人殺しの道具作りに加担させられている。
その屈辱と罪悪感。
現場の士気は日に日に低下していった。
源田も苦悩していた。
彼は何も言わなかったが、その背中が誰よりも怒りに震えているのを翔太は知っていた。
彼は毎晩のように一人薄暗い居酒屋で荒れた。
「……何がお国のためだ。……わしらは人殺しの片棒を担ぐために、船乗りになったんじゃねえ」
そんな呟きを、翔太は一度だけ聞いたことがある。
翔太にできることは何もなかった。
ただこの狂った時代が、一日も早く終わることを祈るだけだった。
造船所に響き渡る槌音は、もはや新しい生命を生み出す希望の交響曲ではなかった。
それは自らの手で愛する我が子を戦場へと送り出す、親の断末魔の悲鳴のようにも聞こえた。
日本の、そして彼らの長い長い冬の時代が始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
戦時中、日本の多くの民間工場が軍の管理下に置かれ、軍需品の生産を強いられました。
それはそこで働く技術者や職人たちにとって、自らの技術のあり方を問われる辛い時代だったのです。
さて、戦争の狂気に飲み込まれていく造船所。
彼らが心血を注いで造り上げた船は、悲しい運命を辿ります。
次回、「灰色の船」。
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