造船所の男たち 第4話:進水式の歓声
作者のかつをです。
第十一章の第4話、物語のクライマックスです。
若き技師とベテラン職人。
二つの魂が一つになり不可能と思われた夢を実現させる。
ものづくりの醍醐味が詰まった感動的な場面を描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
源田との一夜から、翔太は生まれ変わった。
彼はもはやただの頭でっかちのエリート技師ではなかった。
現場の職人たちと同じ目線で語り合い、彼らの言葉にならない知恵と経験を貪欲に吸収していった。
そして彼は寝る間も惜しんで一枚の図面と格闘していた。
自分が夢にまで見た理想の貨客船の設計図だ。
それは従来の船とは一線を画す、画期的な設計だった。
空気抵抗を極限まで減らすための流線形の船体。
そして強度を保ちながら軽量化を実現するための新しい構造。
「こんなもの、本当に造れるのか」
設計部の上司たちは皆懐疑的だった。
だが翔太には確信があった。
あの職人たちの技があれば、必ず実現できると。
彼はその図面を真っ先に源田に見せた。
源田は図面など読めないはずなのに、まるで全てを見透かしているかのようにその複雑な線を指でなぞり、長い間黙り込んでいた。
そして一言だけ、こう呟いた。
「……面白い。……やってみる価値はあるかもしれんな」
その一言が全てだった。
源田が首を縦に振ったことで、会社の上層部もしぶしぶこの前代未聞の新型船の建造を許可したのだ。
そこからの日々は、まさに戦場だった。
翔太は設計室に泊まり込み、現場からの細かな問いに答え、次々と発生する問題を解決していく。
源田は鬼の形相で職人たちを叱咤激励し、図面上の理想を現実の形へと変えていく。
技師と職人。
二つの魂がぶつかり合い、火花を散らしながら一つの大きな目標へと突き進んでいった。
そして着工から一年後。
ついにその船が、完成の日を迎えた。
船台の上に鎮座するその白く輝く船体は、翔太が夢に描いた通り鳥のように美しく、そして力強かった。
進水式の当日。
造船所には多くの人々が集まり、固唾を飲んでその瞬間を見守っていた。
やがて支綱が切られ、船はゆっくりと海へと滑り出していく。
ザッバーンという盛大な水しぶきと共に、船は見事に海の上に浮かんだ。
その瞬間、地鳴りのような歓声と汽笛が糸崎の港に響き渡った。
翔太は源田と固い握手を交わした。
二人の目には熱い涙が光っていた。
自分たちの手で、夢を形にしたのだ。
その純粋な喜びと達成感が、彼らの胸を満たしていた。
船は「海燕」と名付けられた。
その名の通りこの船は日本の造船史に新たな一ページを刻む名船として、世界中の海を駆け巡ることになる。
翔太と源田のコンビもまた、造船所の伝説となった。
この輝かしい日々が永遠に続くものだと誰もが信じていた。
だが時代の空には少しずつ、暗い戦争の雲が広がり始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
船が初めて海に浮かぶ「進水式」は、造船に関わった全ての人々にとって最も感動的な瞬間です。
まさに我が子が生まれる喜びに等しいものだったことでしょう。
さて、栄光の頂点を極めた二人。
しかし平和な時代は長くは続きません。
彼らが愛した船作りが、やがて悲しい運命を辿ることになります。
次回、「忍び寄る戦争の影」。
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