造船所の男たち 第3話:職人たちの誇り
作者のかつをです。
第十一章の第3話をお届けします。
今回は主人公・翔太が現場の職人たちの世界に飛び込み、彼らの誇りに触れることで成長していく姿を描きました。
そして彼を厳しく見守っていた源田との心の交流が始まります。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
「焼き曲げ」の現場で受けた衝撃は、翔太の心を大きく揺さぶった。
大学で学んだ知識がいかに頭でっかちで現実離れしていたか。
そして自分が見下していた職人たちが、どれほど高度でそして尊い技術を持っているか。
それを痛いほど思い知らされた。
その日から翔太の行動は変わった。
彼は仕事が終わると設計部の誰よりも遅くまで残り、過去の図面を片っ端から読み漁った。
そして休日になると現場に足を運び、職人たちの仕事の邪魔にならないよう隅の方でその一挙手一投足を食い入るように見つめた。
最初は訝しげに彼を見ていた職人たちも、その真剣な眼差しに少しずつ心を開いていった。
「坊っちゃん、そんな所に突っ立ってねえでこっち来て手伝わんか」
誰かがそう声をかける。
翔太は待ってましたとばかりに駆け寄り、泥と油にまみれながら彼らの仕事の手伝いを始めた。
リベットの打ち方。溶接のやり方。
最初は全く様にならなかったが、職人たちはぶっきらぼうながらも根気強く彼に技のイロハを教えてくれた。
現場監督の源田も、そんな翔太の変化を黙って見ていた。
彼は何も言わなかったが、その厳しい表情は以前よりも少しだけ和らいでいるように見えた。
ある雨の日のこと。
現場の作業が中止になり、翔太は源田に呼び出された。
連れて行かれたのは港の近くにある、薄汚い居酒屋だった。
「……まあ、飲め」
源田はそれだけ言うと、黙々と濁り酒をあおっている。
気まずい沈黙が流れた。
やがて源田が、ぽつりと呟いた。
「……わしはな、字が読めん。図面なんちゅうハイカラなもんも、よう分からん」
意外な告白だった。
「わしに分かるのはこの手の感覚だけだ。鉄の熱さ、硬さ、そして叩いた時の音。……鉄は生き物だ。機嫌の良い時もあれば悪い時もある。そいつの声に耳を澄ませて、一番気持ちのええ形にしてやるのがわしらの仕事よ」
それは源田の職人としての哲学だった。
「あんたらインテリは頭で船を造る。数字と理論でな。……だがわしらは身体で造る。魂で造る。……どっちが正しいなんちゅう話じゃねえ。その両方が揃って初めて、本当のええ船はできるんじゃねえのか」
源田は初めて翔太の目をまっすぐに見て言った。
「……坊っちゃん。お前さんが本当に世界一の船を造りたいちゅうんなら。もっと鉄の声を聞け。わしらの声を聞け。……そしてわしらに、あんたの夢の形を見せてみろ。……そうすりゃあわしらも、命がけであんたの夢に乗ってやる」
翔太は何も言い返せなかった。
ただ胸が熱くなり、目の前の酒がしょっぱく滲んで見えた。
技師と職人。
二つの歯車が初めてがっちりと噛み合った瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
設計を行う技師と実際に物を作る職人。
その両者の信頼関係こそが良いものづくりの原点なのかもしれません。
この二人の出会いはやがて、造船所に大きな化学反応を起こしていきます。
さて、職人たちの心を掴んだ翔太。
いよいよ彼は自らの夢を形にする第一歩を踏み出します。
次回、「進水式の歓声」。
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