造船所の男たち 第2話:若き技師の夢
作者のかつをです。
第十一章の第2話をお届けします。
今回は若き技師である主人公・翔太の理想と現実のギャップ、そして挫折を描きました。
頭でっかちのエリートが現場の厳しさを目の当たりにするという、ものづくりの物語の王道とも言える展開です。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
翔太の造船所での新しい生活は、理想とはほど遠いものだった。
設計部と言っても彼のような新米の技師に任されるのは、既存の図面の修正や写しといった雑用ばかり。
大学で学んだ最新の流体力学や構造力学の知識を活かす場面など、どこにもなかった。
「高野君。この図面のトレースをお願いできるかね」
年配の上司から渡される古い青焼きの図面。
翔太はうんざりしながらも、黙ってそれを受け取り製図台に向かう。
彼には夢があった。
ただ荷物を運ぶだけの船ではない。
流れるような美しいフォルムを持ち、それでいてどんな荒波にも耐えうる強靭さを兼ね備えた、世界一速く美しい貨客船をこの日本の手で造り上げたい。
そのために自分は、この造船所に来たのだ。
だが現実はどうだ。
会社が求めるのはより安く、より早く造れるありきたりの貨物船ばかり。
設計部に漂う空気も、新しい挑戦を歓迎するような雰囲気ではなかった。
「高野君は理想が高すぎるんだよ。我々の仕事は芸術家ではない。決められた予算と納期の中で、堅実な船を造ることだ」
上司の言葉は正論だった。
だが翔太には、それがただの言い訳にしか聞こえなかった。
鬱屈した想いを抱えながら翔太は、昼休みになると一人現場へと足を運ぶのが常だった。
鉄の匂い。飛び散る火花。そして男たちの汗。
図面の上ではただの線と数字でしかないものが、ここでは巨大な実体となって組み上がっていく。
その圧倒的な迫力に、彼はいつも心を揺さぶられた。
その日も翔太は建造中の船の、巨大な鉄板の前で立ち尽くしていた。
この曲面をどうやって寸分の狂いもなく加工しているのだろう。
教科書には載っていなかった現実の技術。
「……インテリの坊っちゃんがまた現場見物か。図面でも眺めておった方が性に合っとるだろうに」
背後から聞こえてきたのは、あの現場監督・源田の皮肉たっぷりの声だった。
「……勉強させていただいているだけです」
翔太がむっとしながら言い返すと、源田はにやりと笑った。
「勉強ねえ。……まあいい。そんなに見たいなら見せてやる。……ただし半端な覚悟で見るんじゃねえぞ。ここはお坊っちゃんの遊び場じゃねえんだからな」
源田はそう言うと、翔太を手招きした。
彼が連れて行ったのは巨大な鋼板を熱し、叩き、曲げる「焼き曲げ」の作業場だった。
ごうごうと燃え盛る炉の熱気と、巨大なハンマーが鋼板を叩く轟音が支配する灼熱の地獄。
「よく見ておけ。これが船の肌を作る仕事だ」
源田の声が轟音にかき消されそうになりながら響いた。
翔太はその光景をただ呆然と見つめるしかなかった。
そこでは自分の知っている近代的な工学の知識とは、全く違う次元の技が繰り広げられていた。
それは翔太が初めて現場の職人たちの、本当の凄みに触れた瞬間だった。
彼の若きプライドは、この灼熱の地獄で一度打ち砕かれることになる。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
近代的な造船業においても、船体の美しい曲面を作り出す「焼き曲げ」や「線状加熱」といった作業は、長年の経験と勘がものを言うまさに職人技の世界でした。
その伝統は現代の造船所にも受け継がれています。
さて、初めて現場の洗礼を受けた翔太。
彼はここから何を学び、どう成長していくのでしょうか。
次回、「職人たちの誇り」。
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