造船所の男たち 第1話:糸崎の槌音
作者のかつをです。
新しい構成案に基づき、本日より第十一章「煙と鉄の交響曲 ~造船所の男たち~」の連載を開始します。
舞台は大正から昭和へ。
日本の近代化を海運で支えた造船業がテーマです。
一隻の船が生まれるその壮大なドラマと、そこに生きた男たちの熱い人間模様を描いていきます。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
広島県三原市の東、糸崎港。
かつてこの穏やかな港には巨大なクレーンが林立し、昼夜を問わず鉄を叩く槌音と火花が鳴り響いていた。
日本の近代化を海から支えた、造船所である。
そこで造られた巨大な鉄の船は人々の夢を乗せ、世界中の海へと旅立っていった。
そしてある時代には国の運命を背負い、二度と帰らぬ海の底へと沈んでいった。
これは煙と鉄の匂いに満ちた巨大な学び舎で、船造りに青春の全てを懸けた名もなき技師と職人たちの、誇りと友情、そして哀しみの物語である。
◇
大正デモクラシーの華やかな風が吹く頃。
東京の大学を出たばかりの若き造船技師・高野翔太は、大きな希望とそして少しの不安を胸に、この糸崎の地に降り立った。
彼が就職先に選んだのは、急速にその規模を拡大させていた新興の造船所だった。
「ここが俺の仕事場か……」
翔太は目の前に広がる光景に息を呑んだ。
巨大な船台の上ではまだ骨組みだけの巨大な貨物船が、まるで鯨の骸のように横たわっている。
その周りを何百人という職人たちが蟻のように動き回り、火花を散らし槌を振るっている。
けたたましいリベットの打刻音。
鋼材を吊り上げるクレーンの唸り。
そして職人たちの怒号のような掛け声。
その全てが混じり合い、一つの巨大な交響曲のようになって翔太の鼓膜を揺さぶった。
「おい、お前が東京から来たインテリの卵か」
不意に背後から不躾な声がした。
振り返るとそこに立っていたのは、年の頃は四十代半ばのいかつい顔つきの男だった。
その腕は丸太のように太く、顔には古い火傷の痕が生々しく残っている。
「……高野翔太です。本日付で設計部に配属となりました」
翔太が緊張しながら挨拶をすると、男はふんと鼻を鳴らした。
「わしはここの現場監督をしとる源田だ。……まあせいぜい、俺たちの邪魔にならんよう隅の方で大人しく図面でも引いとるこったな、坊っちゃん」
そのあからさまに見下した物言い。
翔太の若くプライドの高い心に、カチンと火がついた。
自分は大学で最新の造船学を学んできたのだ。経験だけで物を言う古い職人たちとは違う。
だが翔太はまだ知らなかった。
船という巨大な生き物は、決して紙の上の図面だけで造れるものではないということを。
現場の職人たちの長年の経験と勘。
その言葉にはならない暗黙知こそが、船に魂を吹き込むのだということを。
若きエリート技師と、叩き上げのベテラン職人。
水と油のように相容れない二つの歯車が、今この糸崎の造船所で初めて出会った。
この出会いがやがて互いの人生を大きく変える、熱い物語の始まりとなることを二人はまだ知る由もなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第十一章、第一話いかがでしたでしょうか。
三原市の糸崎港は古くからの良港であり、明治以降造船業が大きく発展しました。
今回はその活気ある造船所の風景と、物語の二人の主人公の出会いを描きました。
さて、学歴エリートの若き技師と現場一筋の叩き上げ職人。
二人の間には大きな溝が横たわっていました。
次回、「若き技師の夢」。
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