蛸が引いた石 第7話:天主台、立つ
作者のかつをです。
第一章の第7話、クライマックスです。
幾多の困難を乗り越え、ついに、彼らの仕事が形となる瞬間。
名もなき職人たちが、最も輝いた時を、感動的に描きました。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
唄が、浜辺に響き始めてから、幾月が過ぎただろうか。
源蔵たちの顔は、潮と陽に焼かれ、精悍さを増していた。
そして、彼らの目の前の海には、信じられない光景が、広がっていた。
石垣が、ついに、海の上に、その姿を現したのだ。
最初は、満潮時には隠れてしまうほどの、小さな石の列。
しかし、それは、確実に、日を追うごとに、高く、そして雄々しくなっていった。
彼らは、成し遂げたのだ。
あの底なしの海に、決して沈むことのない、巨大な石の土台を、築き上げた。
そして、運命の日がやってくる。
城の中心、天主台の、最後の石が、積み上げられる日だ。
その日、浜辺には、再び、小早川隆景が姿を現した。
彼は、小舟に乗ると、完成したばかりの石垣へと、近づいていった。
水面に映る、見事な石垣。
その一つ一つに、職人たちの汗と、想いが染み込んでいる。
隆景は、船の上から、満足げに頷いた。
「見事だ……。これぞ、わしが夢見た、海の城の礎よ」
彼は、陸でその様子を見守る、源蔵たちの方を振り返り、高らかに、告げた。
「皆の者、大儀であった! この石垣は、未来永劫、この三原の地を守る、毛利の誇りとなるであろう! お前たちの働き、わしは、生涯、忘れぬ!」
その言葉に、どっと、歓声が上がった。
男たちは、皆、泥と汗にまみれた顔で、泣き、笑い、互いの肩を叩き合った。
源蔵も、込み上げてくる熱いものを、抑えることができなかった。
あの日の、絶望。
嵐の夜の、恐怖。
その全てが、報われた気がした。
自分は、ただの石工だ。
だが、この、日本のどこにもない、海に浮かぶ城の、一番下の石を、確かに、この手で積んだのだ。
その誇りが、彼の胸を、熱く満たしていた。
天主台の石垣は、まるで、彼らの勝利を讃えるかのように、西日に照らされ、黄金色に輝いていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
三原城の天主台は、日本城郭史上、最大級の規模を誇ったと言われています。
残念ながら、明治時代に取り壊されてしまいましたが、その巨大な石垣は、今も、新幹線のホームから、間近に見ることができます。
さて、ついに完成した、海の城の礎。
この物語も、いよいよ、最終話を迎えます。
次回、「潮風に響く鬨の声(終)」。
彼らが築いたものが、現代にどう繋がっていくのか。
物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。
ーーーーーーーーーーーーーー
この物語の公式サイトを立ち上げました。
公式サイトでは、各話の更新と同時に、少しだけ大きな文字サイズで物語を掲載しています。
「なろうの文字は少し小さいな」と感じる方は、こちらが読みやすいかもしれません。
▼公式サイトはこちら
https://www.yasashiisekai.net/