山陽本線開通と鉄道工夫の汗 第8話:枕木に眠る声(終)
作者のかつをです。
第十章の最終話です。
主人公・吾一が亡き友との約束を果たす旅。
そして彼が自らの仕事の本当の意味を見出す、再生の物語を描きました。
この物語のテーマである「過去と現代の繋がり」を、改めて感じていただけたら幸いです。
※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
鉄道が開通し、三原の町は活気に満ちあふれた。
人、物、情報がこれまでとは比べものにならない速さで行き交い、町は急速に発展していった。
工事が終わると、あの地獄のような飯場も解散となった。
人夫たちはわずかばかりの銭を手に、それぞれの故郷へと散っていった。
吾一も二度と見たくないと思っていた故郷の村へと帰った。
彼が手にした銭は、約束通り新しい畑を買うには十分な額だった。
父は涙を流して喜び、母は痩せて傷だらけになった息子の手を握りしめて泣いた。
一家の暮らしは救われた。
だが吾一の心に開いた大きな穴は、埋まることがなかった。
彼はその後、寡黙な青年となりただ黙々と畑を耕す日々を送った。
そして事故から一年が過ぎた、ある晴れた日のこと。
吾一は母を連れて三原の駅へと向かった。
「……本当にいいのかい、吾一」
母が心配そうに尋ねる。
「……ああ。約束だからな」
吾一は初めて汽車に乗った。
ガタン、ゴトンという規則的な振動。
車窓から流れていく見慣れた故郷の景色。
それは不思議な感覚だった。
自分たちが一年以上もの歳月をかけて、一歩一歩築き上げてきた道のりを、汽車はいとも簡単に走り抜けていく。
やがて汽車はあの鉄橋の上に差し掛かった。
眼下には沼田川が、きらきらと輝いている。
吾一はそっと目を閉じた。
耳に聞こえてくるのは機関車の音だけではない。
「エンヤラヤー、ソーレ!」
泥だらけの男たちの掛け声。
そしてあの日の源さんの、不器用で優しい声。
『坊主。いつか一番汽車で、江戸見物に連れてってやる』
「……源さん。……俺は今、あんたの夢と一緒に走ってるぜ」
吾一の頬を、一筋の涙が伝った。
彼はこの汽車が走る限り、源さんのような名もなき男たちの魂も共に走り続けるのだと、信じることができた。
この枕木に眠る彼らの声に耳を澄ませる人間がいる限り。
◇
……現代。三原駅。
新幹線や在来線が轟音を立てて、ホームを滑り込んでくる。
もしあなたがその列車の窓から何気なく外の景色を眺めたなら。
ほんの少しだけ、想像力を働かせてみてほしい。
この当たり前のように続く鉄の路。
その一本一本の枕木の下には、日本の近代化という大きな夢のためにその命を捧げた、名もなき工夫たちの声にならない叫びとささやかな祈りが、今も静かに眠っているということを。
その声が聞こえた時、いつもの車窓の風景が、いつもより少しだけ尊く、そして愛おしく見えるかもしれない。
(第十章:鉄路は未来へ続く ~山陽本線開通と鉄道工夫の汗~ 了)
第十章「鉄路は未来へ続く」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
鉄道は日本の近代化を文字通り牽引してきました。
その輝かしい歴史の裏側には吾一や源さんのような、名もなき人々の無数のドラマがあったことでしょう。
さて、明治の陸の物語から、次回は舞台を大正、そして昭和の海へと移します。
三原が誇るもう一つの近代化の象徴がテーマです。
次回から、新章が始まります。
第十一章:煙と鉄の交響曲 ~造船所の男たち~
日本の海運を支え、やがて戦争の荒波へと飲み込まれていく巨大な船。
その船を造り上げた技師と職人たちの誇りと友情、そして哀しみの物語です。
引き続き、この壮大な郷土史の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第十一章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。




