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ひろしま郷土史譚《三原編》~潮風と祈りの物語~  作者: かつを
第3部:時代の物語 ~近代化と戦争の記憶~
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山陽本線開通と鉄道工夫の汗 第7話:最初の汽笛

作者のかつをです。

第十章の第7話、クライマックスです。

 

ついに開通の日を迎えた山陽鉄道。

親友を失った主人公・吾一の複雑な想いと、その心が救われる瞬間を描きました。

 

※この物語は史実や伝承を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

源さんが死んだあの忌まわしい事故から、数ヶ月。

 

吾一は抜け殻のようになっていた。

口をきかず笑うこともなく、ただ言われた仕事を機械のようにこなすだけの日々。

彼の心は深い悲しみと、そしてこの非情な工事への激しい怒りで満たされていた。

 

なぜ源さんは死ななければならなかったのか。

なぜ自分は生き残ってしまったのか。

その問いが、何度も何度も彼の頭の中を巡った。

 

そしてついにその日がやってきた。

三原までの鉄路が、全線開通する日だ。

 

駅となる場所には大きな飾り付けがなされ、近隣の村々から歴史的な瞬間を一目見ようと多くの人々が集まっていた。

そこには吾一の父と母の姿もあった。

 

吾一たち人夫は、その華やかな輪から遠く離れた線路脇に、汚れた作業着のまま並ばされていた。

まるで見世物のように。

 

やがて遠くから、ポォーッというこれまで聞いたことのない甲高い音が聞こえてきた。

汽笛の音だ。

 

地響きと共に黒い煙を吐きながら、巨大な鉄の塊がゆっくりとこちらへ近づいてくる。

蒸気機関車だった。

 

人々からどよめきと歓声が上がる。

子供たちは目を輝かせ、指をさしてはしゃいでいる。

 

だが吾一は、その光景を直視することができなかった。

 

あの鉄の塊が走る一本一本の枕木の下には、源さんのような名もなき男たちの血と涙が染み込んでいる。

この歓声は彼らの犠牲の上に成り立っているのだ。

そう思うと腹の底から、言いようのない怒りがこみ上げてきた。

 

汽車はゆっくりと駅のホームに滑り込んだ。

中から出てきたのは立派な洋装に身を包んだ、役人や地元の名士たちだった。

彼らは誇らしげに胸を張り、集まった群衆に手を振っている。

 

その時だった。

機関車の運転席から一人の若い機関士が顔を出した。

その顔は煙で真っ黒だったが、その瞳はどんな役人よりも誇らしげに輝いていた。

そして彼は線路脇に並ぶ吾一たち人夫の方を見ると、一度だけ力強く頷き、そして敬礼をした。

 

その一瞬の出来事。

 

だがその名もなき機関士の敬礼は、吾一の凍りついていた心を貫いた。

 

分かってくれている。

この汽車を動かしている人間は、俺たちの苦労を分かってくれている。

 

汽車が悪いわけではない。

この鉄路が憎いわけでもない。

 

源さんもきっと、この光景を見たかったはずだ。

自分たちが血と汗で作り上げたこの鉄の路の上を、鉄の馬が夢を乗せて走るこの姿を。

 

「……源さん。……見えっか。……俺たちの、汽車だぜ」

 

吾一の頬を熱い涙が伝った。

それは悲しみや怒りの涙ではなかった。

 

ポォォォォォーーーーーッ。

 

一番汽車の高らかな汽笛が、三原の空に高らかに響き渡った。

それは新しい時代の幕開けを告げる産声であり、そしてこの鉄路の下に眠る名もなき工夫たちへの、鎮魂の祈りのようにも聞こえた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

 

実際に山陽鉄道が三原駅まで開通したのは、明治27年(1894年)のことでした。

この一番汽車の汽笛を、当時の人々はどんな想いで聞いたのでしょうか。

 

さて、ついに完成した鉄の路。

この物語もいよいよ最終話を迎えます。

主人公・吾一は亡き友との約束を果たせるのでしょうか。

 

次回、「枕木に眠る声(終)」。

 

物語は佳境です。ぜひ最後までお付き合いください。

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